歌舞伎町ポリシリーズ

四人はすでに、 歌舞伎町の青宵から 抜け出せなくなっていた。 俺たちにとってそれは、 当たり前に狂ってて、 最高な日々だった。 3×1=2

耽溺ポリ ポスター



⚠️ R15

性描写・暴力描写・薬物描写を含みます。 精神的に不安定な表現があります。




歌舞伎町耽溺ポリ

第1話 雨の合言葉  歌舞伎町の路地は、雨に濡れていた。  ネオンが水溜まりに砕け散り、赤と青の光が歪んだ鏡のように揺れる。  そこにいたのは、彼女、MIU――。  彼女は今日も絶望的だった。  MIUはいつも、過去の記憶にいじめられている。  頭の奥では、今も誰かの怒鳴り声が鳴り止まない。  憎む気力すら、もう残っていなかった。  敵視の残像が残る瞳で、ぼんやりと世界を傍観する。  MIUの無気力な心が、「死にたい」と囁く。 (おねがい……なんでもいいから、これを止めて……)  MIUは、もう何も考えたくなくて、酒を浴びるように飲んだ上に、ジョイントを仕入れて、先ほどたっぷりと肺に迎え入れたばかりだった。  何を探し歩いていたのか、もう自分でもわからない。  急に降り出した雨は、容赦なくMIUを濡らす。  自分が今どこにいるかもわからないまま、壁に凭れて座り込んだ。  雨で黒いレースのドレスは重く、長い黒髪が頬に張り付き、冷えたはずの体だけが妙に熱かった。  ――もう、全部終わらせたい。  そう思いながら、MIUは目を伏せる。  その時、視界に傘が差し込んだ。 「お姉さん、いくら?」  知らない男たちだった。  MIUがうまく答えられないとわかると、男は獲物だと言わんばかりに弄んだ。  酔いでうまく体が動かない。  振り払おうとしても、手に力が入らない。 「……あ……やッ……」  他人に何度も乱暴に扱われ、踏みつけられ、弄ばれてきた汚い体。 「誰も近づかないで、これ以上壊さないで」と泣く声を、「もういい、全部壊して楽になりたい」という声がかき消して、現実を放棄させる。  ――これが私の救いなら、結果はなんでもいい。 「……も……こゎ……して……ッ」  何をされているのか、もう輪郭が曖昧だった。  先ほど入れた乾いた蕾の影響で、雨の冷たさと男たちの体温だけが、現実味を帯びている。 「見つけたのが俺らでよかったじゃん」 「もっとヤバいヤツ、ここには山ほどいるから」  男たちの会話の音だけが、やたら近かった。  他人の冷たい侵入なのに、本当は壊されたくなかったのに、自暴自棄に引っ張られ、自分の身すら守れない。  男の一人が耳元で囁く。 「歌舞伎町でそんな格好でぶっ倒れてる方が、狂ってるよな」  容赦なく踏み込んでくる息苦しさに、MIUの全身は力が入り震える。  これ以上感じたくないのに、男の腕に抱え込まれて逃げられない。  何が起きても、後は死ぬだけだ。  MIUは僅かな抵抗も諦めて、宙を仰いだ。 「……もぉ……ぜんぶ、いや……ッ」  全身に衝撃が走り、頭が真っ白になる。  余韻で体が痺れる。  心のどこかは鋭く痛んでいる。  それなのに体は、嫌悪も恐怖も、うまく掴めなくなっていた。  いなくなりたいのに、体は動かない。  男たちが笑う声がする。  目の前の景色は、ずっと回っている。  ――ここにも救いはなかった。  そう思った瞬間だった。 「俺の女に、何してんだ……よッ!!」  荒っぽい声が響き、何かが目の前の男を蹴り飛ばした。  MIUの目の前から、男がぶっ飛んでいく。  男たちは遠慮のない暴力に命の危険を感じ、即座に路地へ去っていった。  残ったのは、雨の匂いと、タバコの香り。  男は、雨に降られるのも気にせず、MIUの前にしゃがみ込み、乱れたドレスを直した。  金髪。  派手なピンクのジャケット。  雨に濡れても、その男だけ妙に熱を持って見えた。  ――レン。 「なにやってんだよ……酒くせぇ」  レンの手が、MIUの濡れた頭に伸びてきて、強く抱き寄せた。  ……その手は少しだけ、震えていた。  それだけで、張り詰めていた何かが少し崩れそうになる。 「ごめんなさい……」  蚊の鳴くような微かな声だった。  レンの体温が、雨の匂いに混じった彼の香りが、MIUの強ばりを少しずつ溶かしていく。 「見つけるのが遅くなった」  MIUは返事ができなかった。  雨の雫が、MIUの長い睫毛の先で震えているのを見て、レンは目を細めた。  そして、何かを断ち切るようにキスをした。  熱と柔らかな感触が、雨の冷たさを消し去るほど優しくて、涙が溢れそうになる。  でも、頭の中の声は止まらなかった。 『汚らわしい服ばっかり着てるからでしょ』 『自業自得よ』 『あんたなんか生まなきゃよかった』 『あんたがいるから、皆おかしくなるんだ』  冷たく湿った母の声が、執拗にループし、MIUの心をまた空虚へ引きずり込もうとしている。 (先生があんなことしたのも、  お父さんが殴るのも、  知らない人に触られたのも……  私がこんなだからなんだよね)  MIUの、遠くを見ているような、しかしどこも見ていない目に、レンは「ん」とだけ言って目を合わせさせた。  MIUの目がレンをとらえる。  その目にはどんどん涙が集まってきて、今にもこぼれそうになる。 「……死にたい」  すがるような声だった。  それを聞いてレンは、嬉しそうに小さく笑った。 「ん。……俺が先に死ぬから、待て」  何回聞いても、冗談みたいな言葉だった。  レンはジャケットを脱ぎ、MIUの肩へ掛ける。  閉じ込められていた熱が、少しずつ移ってくる。  その時、後ろから声がした。 「……MIU、見つかったのか。無事か?」  黒髪に銀縁メガネの男が歩いてくる。  ユウキだった。  濡れたレンズ越しの視線が、静かにMIUを確かめる。 「また死ぬ気だったのか。  ……俺が先だ、順番守れ」  そう言いながら、冷えた手を包み込む。  その後ろから、さらに軽い声が割り込んだ。 「全員同時が理想だけどね。四人揃ってから」  虹色に染めた派手な髪。  カイだ。  少し抜けた感じの明るさが、その場の空気を軽くする。  カイがしゃがみ込み、MIUの顔を覗き込む。 「びしょ濡れじゃん」  笑いながら、頬に張り付いた髪を払った。  脳の奥で鳴っていた声が、いつの間にか遠くなっていた。  レン。  ユウキ。  カイ。  三人の熱が、いつも私を生き物にしてくれる。 (私なんか、こんなに壊れた人間なのに……)  レンはMIUの頭をがっしりと掴んだ。  撫でてるのか、手を置いてるのかさえわからない。 「とりあえず生きてたし、帰るぞ」  MIUは「でも……」と口を開けるが、レンは馬鹿でかい溜め息をついてみせた。 「当たり前に狂ってるのが、俺らの最高だろうが」  ユウキが静かに頷き、カイはMIUに身を寄せた。  MIUは目を閉じて、三人の息遣いを感じた。  そうだ。  この瞬間、世界は四人で完結している。  雨はまだ降っている。  ネオンが四人の影を濡らしていた。 「……もっと、温めて」  MIUが小さく呟く。  三人の視線が、一瞬で熱を帯びた。 「もちろん」  三つの声が、身体の奥まで染み込むように響いた。  あたたかい。  体が熱く痺れ、自分の奥が疼いているのを、もう隠すことはできない。  雨の歌舞伎町で、また四人の夜が始まる。 第2話 雨の後の熱  雨は止む気配もなく、四人を容赦なく濡らしていた。  歌舞伎町のネオンを背に、MIUを抱きかかえたレンが先陣を切って歩く。  金髪が濡れて揺れる。  その後ろを、ユウキとカイが並んでついていく。  ユウキは片手に、ビニール袋を提げていた。  中には乾いたタオルが数枚入っている。  どうせ濡れているだろうと思って持ってきたくせに、結局使う暇もなく、ただ歩きながらMIUの背中へ手を添えている。  カイは彼女の脚を庇うように寄り添っていた。  しかし、何かに気付いたようで、突然「えっ」と小さく声を漏らした。  ユウキに「どうした」と低い声で聞かれても、カイは「なんでもない!」と慌てて笑い飛ばす。  ただ、レンの腕の中で揺れるスカートの奥に、あるはずの布がない。  ニヤケが隠せないまま、こっそりつぶやく。 「当たり前に狂ってて……さいこう……!」  そのまま四人は、歌舞伎町の外れにあるマンションへ戻った。  歌舞伎町の外れの古びたマンション、五階の一室。  ドアを開けると、酒とタバコと汗の混じった、生暖かい空気が、冷えた肌にむっと絡みつく。  散らかったリビング。  床に脱ぎ捨てられた服。  壁に飾られた『I♡歌舞伎町』のピンクのネオン。  その光に照らされた、大量のぬいぐるみやキーホルダー。  そして、キングサイズのベッドがひとつ。  四人分の生活が、そこら中に転がっていた。  家に着くなり、カイがソファの服をせっせとどかし、レンは抱き抱えていたMIUをそこに下ろした。  彼女はぐったりと寄りかかり、目は虚ろだった。 「まずは拭こうぜ」  レンはタオルをあるだけ取り出し、カイに二枚投げ渡す。  お風呂の準備を終えたユウキも、タオルを受け取って、ひとつは自分の頭にかけた。  レンが濡れたドレスを脱がせる。  冷えた肌にタオルが触れるたび、MIUの肩が小さく震えた。  ユウキは後ろから長い黒髪を優しく拭いていく。 「寒かっただろ」  低い声が耳元に落ちる。  カイはしゃがみ込み、濡れた網タイツを引き下ろした。 「ほんとだ、MIUちゃんめっちゃ冷たい」  足にくっつき、MIUを見上げ、悪気もなく笑った。  MIUはその無防備さに、息が詰まった。  罪悪感が胸を締め付ける。  この三人を裏切るのは、いつも、自分の自暴自棄な行動だ。  しかし、MIUの唇から甘い吐息が漏れる。  タオルはもう、ただの布切れだった。  肌を滑るだけ。  三人の目はもう、雨などとらえていなかった。  ユウキは冷えた体を後ろから抱きしめる。  ユウキの手は、無意識みたいにMIUの体温を探していた。 「ふ……っ、ん……」  MIUの冷えた唇が、浅く息を吐く。  その様子に、レンは生唾を飲み込んだ。 「だめだ、MIU。我慢できねぇ」  低い声で囁き、レンはMIUの唇を奪った。  それが合図のように、全員の触れる手がさらに熱を持ち始める。  MIUは同時に与えられるぬくもりに溶けていった。  ユウキは、いつも通りのクールな表情だった。 「暖めてるだけだ。反応しすぎだ」  その声は、自分のせいではないと言いたそうだった。  カイはどこまでもまっすぐに聞く。 「パンツ、どこに忘れてきたの?」  MIUは余裕もなく、されるがままだった。 「……あったかい……もう……」  MIUの体がビクンッと跳ねた。  脳内の端でとぐろを巻いて隠していた情欲が、ぱちんと切れたように一気に解ける。  MIUはレンの首筋に両手を伸ばし、自ら唇を深く重ね返す。  口を離し、見つめ合う。  レンの目には、快楽に溺れる天使がいるように見えた。 「……ねぇ、壊れちゃうくらい感じたい」  声は吐息混じりで甘えているのに、どこか投げやりだった。 「みんなで一緒にイこ?  死ぬまで気持ちよくなろう……」  突然のMIUの変化に、レンが一瞬息を呑み、目を細めた。 「MIU……お前、今日もヤバいな」  触れあい、溶け合い、体温が重なっていく。  MIU、レン、ユウキ、カイ。  四人の距離は、最初から壊れていた。  でも、その壊れ方だけが、MIUには少しだけ心地よかった。 「クシュンッ……!」  MIUがくしゃみをすると、皆笑いながらも、ちょっと我に返ったようだった。 「もう風呂沸いてるよな」  レンが、MIUの手を引いて立ち上がらせてやる。  MIUの体は、三人分の熱があっても、まだ芯だけは冷えていた。  肌が離れると、一瞬で冷えきってしまう。  すぐに動き出せないMIUを導くように、ユウキが先回りし、バスルームのドアを開けた。  MIUは体を縮ませながら、ユウキを見上げる。 「ありがとう」  レンに手を引かれてバスルームへ行く。  カイは二人の後ろをついていきながら、すでに下着まで脱いでいた。  お風呂も、もちろん四人一緒だった。  ユウキは黙ってシャワーの温度を調整していた。  その横で、三人は慣れた様子で狭い浴槽に身を寄せ合っている。  レンとカイの間にすっぽりと収まるMIUは、狭い空間に少し安心しているように見えた。  ユウキはバスチェアで順番を待った。  四人で入らなければ、待たなくていいんだが。  ユウキは前も同じことを思った気がした。 「……あったかい……」  レンの胸板に背中を預けた瞬間、MIUの体からふっと力が抜けた。  その安心したような声に、他の三人もほっこりする。  MIUが小さく肩を揺らした。 「……レンくん……」  少し照れたように、肩越しにレンを振り返る。  レンはMIUを見下ろしているだけだった。 「あたってるんだけど」 「はぁ? お前が後から入ってきただろ」  MIUはかわいく口を尖らせながら、腰を浮かせた。  狭い浴槽の中で、互いの体温の境界が曖昧になっていく。 「なんだこれ……中、ヤバ」  カイが笑いながら、手を上げる。 「はい、はい! 俺、やわこくしときました!」  MIUが小さく吹き出して、レンの方へ振り返ると、彼は手で自分の顔を覆っていた。  MIUはいたずらする子どものようだった。  レンの反応を待つように動いてみせる。  もちろん受ける刺激は、おあいこだ。 「……んっ……」  レンは顔に手を当てたまま、耐えていた。  カイはそれらを正面からじっと見つめ、抜けた笑顔のまま、隠しきれない熱だけがやけに正直だった。 「MIUちゃん、全部丸見えでエッチ……」  カイは相変わらず隠す気がない。  抜けた顔してるくせに、そういうところだけ妙に存在感がある。  毎回思うけど、やっぱりギャップがひどい。 「カイくん……っ、も、えっち……」  ユウキはバスチェアを手に、MIUに近づく。  MIUの手を優しく引き寄せ、交差するように自分も手を伸ばす。 「……あっ……ユウキくん、待って」  MIUの体が反応すると、レンはさらに苦しそうに息を吐いた。 「……みんなッ……」  狭い浴室で、お湯の音に荒い呼吸が混ざっていく。  湯気のせいか、誰の体温なのかも、もうよくわからない。 「……もう……MIU、イっちゃ……」  その声をきっかけみたいに、浴室の空気が一気に熱を増した。  誰が合わせたわけでもない。  それなのに、四人の呼吸も、触れる熱も、全部が同じ波に飲まれていく。  レンが堪えきれないみたいに笑い、  カイは抜けた笑顔のまま声を漏らす。  ユウキの指先だけが、静かに震えている。  MIUはもう、どれが誰の刺激で、どこまでが自分なのかわからないほどで、最後はほとんど号泣していた。 「みんな……一緒に……死ぬまで……」  レンが笑って、MIUを抱きしめたまま脱力する。 「当たり前だろ。マジで狂ってるわ」  その声は湯気に溶け、体温の熱さだけが残る。  ユウキが静かに頷き、MIUの髪を優しく撫でた。  カイが抜けた笑顔のまま、湯面に浮かぶ白濁を指で軽く撫でながら言う。 「こういうの、ポリアモリーって言うんでしょ?」  四人は、湯船とその縁に絡み合ったまま。  やがて、代わる代わるに体を洗い、頭を洗い……それぞれ休む準備に入る。  湯気の向こうで、みんなが笑っている。  その熱の中にいる間だけ、MIUは何かを忘れられる気がした。  でも、頭の奥ではもう別の渇きが目を覚まし始めている。  ――まだ平気。  MIUはぼんやりと目を閉じた。 第3話 まどろみの朝、雨の残り香  朝の光が、バルコニーのレースカーテンを透かしている。  部屋のネオンライトのピンクの残光を、薄く溶かしていく。  キングサイズのベッドで、四人は深い眠りの息づかいを重ねていた。  MIUの頬はレンの胸に押しつけられ、カイの虹色の髪が彼女のお腹に広がり、ユウキの腕は無意識に腰へ回されている。  誰も、まともな寝方をしていない。  窓のすぐ手前にこのベッドがあるから、夜は歌舞伎町のネオンが肌を妖しく撫で、朝は柔らかな光が隅々まで染み込んでくる。  この部屋は、光が絶えることなく、四人の肌を包み続ける。  壁なんて最初からなかったみたいに空間が一気に広がっていて、ベッドから玄関側を覗けば、リビング全体が見渡せる。  正面の壁沿いに置いてあるソファ。  そのまわりに集まるような、三つのカラフルなビーズクッション。  いつかの酒瓶がキッチンのカウンターに転がり、空の缶チューハイが無造作に積み重なったまま、朝の光に照らされてキラキラと嘲笑うように輝いている。  半開きの食器棚からは、パケに包まれた乾燥した蕾が覗き、ガラス管には透明な欠片の溶けた残骸が眠っている。  壁の一角には、いつかの傷跡が残っていた。  けれど今は、淡いネオンと朝陽に優しく撫でられて、ただの愛の記憶に変わっている。  壁に乱雑に飾られたキーホルダーやぬいぐるみたちも、光を受けて柔らかく微笑んでいるようだった。  木製のトイレの扉はかすかに閉まっているだけで、くもりガラスの戸は、誰かの入浴もシルエットですぐわかる。  部屋の天井の小さなミラーボールは、朝の光を跳ね返して虹に砕きながら、部屋全体を優しく包んでいた。  MIUが最初に、虚ろなまま目を覚ます。  視界がぼんやりして、昨日の雨の冷たさがまだ部屋の空気に残ってるみたいだった。  バルコニーに繋がる掃き出し窓は、昨夜の雨粒の跡を残して、朝の光に煌めいていた。  レンの胸の熱が頬に伝わる。 「……あ……あったかい……」  掠れた声で呟く。  涙の跡が目をシパシパさせる。  ただ、まどろみの中で、みんなの匂いを感じている。  レンが寝ぼけながら、MIUの髪を撫で、額に唇を寄せた。 「ん……まだ寝てろよ……お前、昨日泣きすぎだろ……」  低く眠気を帯びた優しい声で囁く。  MIUはレンの胸に顔をすり寄せる。 「ん……いまは、みんなでいっぱいで……大丈夫」  今のMIUは、昨日とは全く違う雰囲気を纏い、安らかに微笑んでいた。  レンとMIUのお腹の隙間に入り込むように寝ていたカイが、ゆっくり目を覚ます。  ふわふわした意識の中で、MIUの太ももが自分のお腹に乗っていることに気付いた。 「……やわこい……けしからん……」  カイは寝ぼけ眼のまま、自分に巻き付いたMIUの腰まわりをさわさわと撫でる。  MIUの体がぴくんと震えて、蕩けるように微笑んだ。 「……ぁ……カイくん、赤ちゃんみたいに……あったかい……」  ユウキはメガネを探し、すぐ諦めて寝ぼけた声を出す。 「……ん、MIU……まだ、朝だろ……」  長い腕を伸ばしてMIUの腰を引き寄せる。  MIUはユウキの腕でずるりと後ろへ引きずられて、脚はカイのお腹から離れてしまった。 「あぁ~、俺のお尻がぁ」  カイは体を引きずり、MIUのお尻を追いかける。  MIUは、自分のまわりにぎゅうぎゅうに集まる男たちを、愛おしく感じた。 「みんな……ここにいてくれる……?」  目を閉じたまま、安心したように息を吐く。  レンがMIUの耳元で囁く。 「ん。……おまえも。ここにいろ」  カイがMIUの胸元にキスをする。 「MIUちゃん、俺たちで温めてあげるから……もちろん、このちっぱいも……」  ユウキが、ほとんど眠っているような声で呟く。 「……当たり前に、狂ってるのが……俺らの最高……だろ…………」  眠気眼で、みんなで口にした言葉が、部屋に優しく響く。  MIUは目を閉じたまま、柔らかく笑った。 「……うん……いま、幸せって感じ……このまま溶けちゃいたい……」  再び四人は、ゆっくりとまどろみに落ちていく。  朝の光が四人の肌を淡く照らし、湯気みたいな湿り気がシーツにこもって、甘い匂いが部屋に広がる。  ここから、みんなの日常が始まる予感。  雨のつらさが、ゆっくり溶けて、虹色に光る初夏の光みたいに変わっていく。  きっと……。 第4話 震える部屋  シェアハウスのリビングは、いつものようにタバコと、雨の湿った匂いが混ざり合っていた。  キングサイズのベッドをソファ代わりにして、MIUはレンの胸に寄りかかり、ユウキの太ももに脚を乗せ、カイは床に座ってみんなの膝に頭を預けている。  丸テーブルに置かれたタブレットの画面だけが青白く光り、低く湿った男の声が流れていた。  深夜怪談系配信者の動画だった。 『どうも、「裏窓ノイズ」Channelです。今日も本当にあった……』 『――裏窓です。よろしくお願いします……』  YouTuber・裏窓の声は、まるで耳の奥に直接這い込んでくるみたいに粘つく。  話は進む。  とある廃屋で行われた儀式で降りてきた“何か”が、縁のあった人間の夢にまで現れるという実話怪談。  笑い声の奥に潜む、息を飲むような間。  MIUの体が、最初は小さく震え始めた。 「……うそ、ちょっと……やだ……」  彼女の指が、レンのシャツをぎゅっと掴む。  MIUの体の曲線に、淡いネオンの光が妖しく滲んだ。  話が進むと、廃屋の主人という女性が出てきた。 『その女性は言うんです……。  “こんな汚い子ども、産むんじゃなかった”と……』  MIUは一瞬、自分が言われたかと思って、血の気が引いた。  どうして。  今はみんなと、一緒にいるはずなのに。  背後に何かがいる気がする。  振り返れない。  また、脳内に声が近づいている。  冷や汗が、空気を冷たく感じさせた。  ユウキがメガネの奥から静かに彼女の横顔を観察しながら、指先でMIUの膝裏を優しく撫でる。  MIUは我に返った。 (ユウキくんの、暖かさだ……じゃあ今のは……)  カイは無邪気に笑いながらも、MIUの足の指を一本一本、温かい掌で包み込んでいた。  MIUは気にしないようにして、動画へ意識を戻す。  裏窓の声が、さらに囁くように続いた。 『だからですね、裏窓さん……あいつの魂は、選んだ人の夢枕に立つんですよ……』  MIUは、さっきから後ろにいる“何か”が、もう気のせいではない気がして、狼狽えた。 「ひゃっ……!」  ちょうどその瞬間―― 「ガタンッ!!」  キッチンのほうから、明らかに誰かが重い物を落としたような大きな音が響いた。  まるで冷蔵庫の扉が勢いよく閉まったような、金属がぶつかる音。  MIUの体が、一瞬で凍りつく。 「ひゃあっ……!!」  レンは咄嗟にMIUを庇い、キッチンを警戒する。 「わ!! なんだ!?」  低く太いレンの声が、部屋に大きく響き渡った。  その予想外の声の大きさに―― 「うわあああああっ!!!」  カイが、一番派手に飛び上がった。  MIUの膝から転がるようにベッドの上で丸くなり、レンの背中へぎゅっとしがみつく。  目を見開いて全身を小刻みに震わせ、声まで裏返っていた。 「幽霊きた!? マジでマジで幽霊きたよぉ……!  俺、もうダメ……終わった!」  カイのガチビビりっぷりが、あまりにも可愛くて、子どもみたいで――  MIUの恐怖が、ぷつんと切れた。 「……ぷっ……あはっ……はははっ……!」  涙目なのに、MIUの口から笑いが零れ出す。  自分よりずっとビビってるカイと、珍しく慌てたレンの姿を見て、怖さが一気に吹き飛んだ。 「カイくん……ははっ……レンくんが、わ!って言っただけで、そんなに……かわいすぎ……あははっ」  MIUが涙を拭いながら笑い続けると、カイは顔を真っ赤にしてムキになる。 「ちょ、違うってMIUちゃん!  レンくんがあんなデカい声出すから……俺、ほんとにびっくりしたんだもん!」  レンも、自分の大声に自分でびっくりしたのか、少し照れくさそうに頭を掻きながらも、すぐにMIUを後ろから強く抱きしめた。 「つい、MIUを守らねぇとって……」 「ふふふ、みんな、かわいかったよ」  そのやり取りで、部屋の空気が一気に変わった。  ユウキはメガネを軽く直し、MIUの太ももを優しく撫でながら、耳元で囁く。 「MIUの震えが止まったな……あいつ、やるな」  カイはまだ少し震えながらも、MIUの笑顔を見て安心したのか、すぐにいつもの甘えた顔へ戻る。  レンが低く笑った。 「もう、動画も怖い話も全部禁止。マジでいつか怪我人出る」 「えー、そしたら皆で何して遊ぶの?」  MIUはまだ少しレンの服を掴んだまま、口を尖らせている。  ユウキは、MIUの横顔を見つめた。 「……花見とか、いいんじゃないか」 「花見か。それもいいな」  レンが、宙を仰ぐ。 「ええ。でも毛虫が出るんじゃない?」 「ダメ!  MIUちゃんが怖いことは、全部ダメ!」  カイの提案が、五階のシェアハウスへ響く。  MIUが涙目で微笑みながら、みんなの首に腕を回す。  その夜から、シェアハウスでは『裏窓ノイズ』を含む、すべての怖い話が厳禁になった。 第5話 ゲーセンデート  シェアハウスの朝は遅い。  まだ眠気の残る空気の中で、MIUがぽつりと呟いた。 「ゲームセンター、行きたい」  その瞬間、三人の視線が集まる。  ユウキが静かに口を開いた。 「今日はみんな予定あるのか?」  確認するような声だった。  ユウキは夜からBARのシフト。  カイは先輩との飲み。  今日、MIUについて行けるのはレンだけだった。  ゲームセンターは、MIUとレンが最初に出会った場所でもある。  レンは色々思い出して、小さく笑った。 「じゃ、デートだな」  その言葉に、MIUも少しだけ笑う。  昼間のゲームセンターは静かだった。  電子音だけが薄暗いフロアに響いている。  人も少ない。  レンは隣を歩くMIUを横目で見る。  長い髪に、黒いレースのワンピース。  網タイツにブーツ。  歌舞伎町のネオンが似合う女だ。  MIUはお気に入りのUFOキャッチャーの前で立ち止まる。  小さなキーホルダーを見つめたまま、ぼんやりコインを入れた。  アームは何も掴めず戻っていく。  もう一度。  また失敗。  MIUの視線が少しずつ揺れ始める。 「……できない」  小さな声だった。  レンはその背中へ近づき、後ろから手を重ねる。 「ほら、一緒にやるぞ」  耳元で笑う。 「取れたら、ご褒美な」  その言葉に、MIUの肩が小さく震えた。  でも、昨日みたいにうまく笑えない。  レンはその違和感に気づいていた。 「……そりゃそうか」  優しく息を吐く。 「今日、入れて来てないもんな」  責める声ではない。  ただ、わかっている声だった。  MIUはそのまま、レンへ体重を預けていく。 「……立てない」  レンは華奢な腰を抱き寄せる。  冷えた指先が、服越しに胸板へ触れた。 「ほら、人間ホッカイロ」  レンは笑う。 「ちゃんと生きてるだろ、俺」  胸板へ耳を押し当てられる。  心臓の音だけが近かった。 「あったかい……」  MIUは目を閉じたまま呟く。  レンはその頭を撫でる。 「お前、ほんと危なっかしいな」  MIUはレンの胸板に寄り添ったまま、指先で何かを探しているようにまさぐった。 (もっと……あったかいところ……)  ぼんやりとした思いが、MIUの頭を満たす。 「んっ……」  暖を取ってると油断していたレンが、ぴくりと反応する。 「おい、触り方……我慢できなくなっちまうって……」  熱くなってしまう体に、瞳だけが少し暗く揺れている。 「……レンくん……」  MIUの瞳が少し光って、震えながらもレンの首に腕を回す。 「……ここで、ちょうだい……?」 「しゃあねぇなぁ」  レンはMIUをピンボール台へ座らせる。  近すぎる距離のまま、MIUは彼へしがみついた。 「あっ……レンくん……あったかァ、いっ……」  ゲーム機のガラス面にMIUの背中が押しつけられ、機械の微かな振動が響き渡る。 「ん……だめぇ……ゲーム機……」 「ゲーム機?」 「あったかくて……振動、くる……っ」 「ハッ、ちょうどいいじゃん」  レンは満面の笑みを浮かべ、深くキスする。  ゲーム機の振動とレンの体温が混ざって、MIUの意識はぼんやり溶けていく。 「あ……レンくん……レン、くんっ……!」  MIUの声に引っぱられるみたいに、レンの呼吸も一気に乱れた。  次の瞬間、二人同時に力が抜ける。 「……っは、マジかよ」  レンが笑う。  そのままMIUはピンボール台の上でぐったり崩れ落ちた。  異常な汗に、黒髪がべっとり絡みつく。  息が乱れ、体を起こす力もない。  MIUは必死に両手だけをレンの方へ伸ばしている。  レンが顔にかかった髪をどけてやると、MIUは子供みたいにぐしゃぐしゃに号泣していた。 「……レンくん……大好き……レンくんがいないと……私、しんじゃうよ……」  レンはMIUの泣きじゃくって濡れた頰を、片手で優しく掴みながら、満面の笑みを浮かべて笑う。 「大丈夫、ここにいるし。どうせ俺が背負って帰るし」  レンに頰を掴まれて唇を尖らせながら、泣き顔のMIUも、ついフフッと小さく笑ってしまう。 「……でも、お前がいないと俺も死ぬんだから。俺が死ぬまで待てって、な?」  レンはMIUの華奢な体を背負う。 「お前は俺の女だから、まだ死なない。任せてりゃ大丈夫。  当たり前に狂ってるのが、俺らの最高だろ」  MIUは小さく笑い、背中にすり寄る。 「……レンくん、かっこいい」  レンは聞こえないフリをして、でもつい、口角が上がってしまうのを必死に隠した。  MIUは、迷惑をかけてしまった罪悪感はもちろんあったが、レンのちょっとナルシストな言い方や、カッコつけた行動がたまらなく好きで、こんな時間が嬉しかった。  レンの背中に抱きつきながら、 (ずっと一緒にいてね、私の王子様)  と、すでに朦朧とした意識の中で考えていた。  MIUの首もとには、ネックレスのチェーンが光る。  誰も来ないゲームセンターを後にして、二人の時間がゆっくり溶けていく。  昼間の雨上がりの歌舞伎町で、二人の影が足元に落ちる。  MIUはレンの背中へ頰を押しつける。  熱の抜けきらない体が揺れるたび、レンのTシャツがじわりと湿っていく。  これも、二人の当たり前に狂ってて最高な日常だ。 第6話 ドン・キホーテの休日  四人が揃う休日の昼。  シェアハウスのレースカーテンは風に揺れ、部屋には心地よい風と光が舞い込んでくる。  ここが歌舞伎町だと忘れさせてくれそうなほど、淀みがない。  今日は全員、怠惰モードだった。  予定もなく、ただただ自由に、だらだらと過ごしていた。  そんな爽やかな休日でも、家の中の家事を気にかける男が一人。  ユウキは、前触れもなく「あっ」と声を上げた。  他の三人は、ユウキの方へ目をやる。  ユウキは黙ったまま、沈んでいた青色のビーズクッションから立ち上がり、上着を着始め、そのまま家を出ようとする。 「いやいやいやいや」  カイが声を上げて引き留める。  ユウキは立ち止まり、振り返った。 「何その行動。気になりすぎるでしょ」 「ん? あぁ、掃除機のパックが切れてたなって……」 「は?」 「え?」 「何、今買いに行こうとしたの?」 「ああ。どうせやることもないし……」  カイは怪訝な顔をした。 「あのね、ユウキくん。それは、俺らも一緒なの」 「ん?」 「ドンキ、行くつもりなんでしょ」  その言葉に、MIUが反応した。 「え、二人ともドンキ行くの? MIUも行く」  ソファにいたレンが、気だるそうに頭をかいて体を起こす。 「あぁ? ドンキ? めんどくせぇな」  ユウキは玄関側に立ったまま、首を傾げている。 「いや、俺ひとりで行くから大丈夫だ」 「そういうことじゃないの! 皆で行くよ!」  カイにお尻を叩かれながら、急遽、今日の四人の行き先が決まった。  ドンキは昼間でも、雑多で賑やかな空気を放っていた。  海外向けの土産コーナーが、入口からもう全力だった。  でかい『日本』ロゴのTシャツ。  謎に金色の扇子。  寿司柄の靴下。  赤富士のマグネット。  なぜか侍と忍者が混ざったキーホルダー。  MIUは目を輝かせながら、目の前の一つ一つにリアクションしていた。  レンはいちいち止まりそうなMIUの腰に手を回し、引きずるようにずんずん進んだ。 「この辺はいらねぇ物」 「そんなことないもん」  MIUは力で勝てるわけもなく、連れていかれる。  人がやたら多く、一階はほとんどが海外の人だった。 「ちょ、まってー」  カイが人混みに紛れて遅れる。 「カイくんが迷子になっちゃう」 「レンの金髪を探せば、すぐ見つかる」  ユウキは振り返ろうとするMIUを押し返す。  レンはMIUをしっかり捕まえ直した。 「いや、虹色のヤツの方がすぐだろ」  カイを置いて、ユウキとレンはどんどん進んだ。  三人は一足先に、日用品売場に到着した。  積み重なる商品の数々。 「掃除機のパック……あった」  迷いなく棚から替えパックを取る。  振り返るが、誰もカゴを持っていなかった。  ユウキは商品を手に持ったまま進む。  といっても、他に急ぎの買い物などなかった。  レンが、何かを見つけ、ちょっと悪い顔をした。 「MIU」  きょろきょろしているMIUを呼び止める。  MIUの腰に手を回し、さりげなく誘導した先は、十八禁の大人のおもちゃコーナーだった。 「レンくん、ちょっと……」  MIUは目のやり場に困っている。 「はぁ? 通り抜けるだけだし」  レンはどこか嬉しそうにしていた。 「こ、こんなにいっぱいあるんだ……」  MIUは、自分の身長より高そうな棚いっぱいのグッズに圧倒される。  レンは周りの客がちらちらMIUを見ていることに気づき、すぐに踵を返した。 「はい、おしまいー。今度な」 「今度って、何」  MIUは顔を赤くしていた。  赤い暖簾をくぐると、少し離れたところに派手な虹色髪がいる。 「ほら、すぐわかったろ」  レンとMIUは顔を見合わせて笑った。  そちらへ向かうと、ユウキもカイに合流していた。  ヘアケア用品の棚だった。  美容師のカイには、趣味とも仕事とも言えるゾーンだ。 「MIUちゃん、やっといた」  カイは香りのサンプルを嗅いでいた。 「ねぇ、ねぇ、MIUちゃん。絶対これ好きだと思う」  MIUにサンプルを差し出す。 「わ、すごい。いい香り」 「でしょ。家のシャンプーまだあるけど、買っとこうよ」  ユウキが持っていたカゴに、商品を入れる。  レンはカゴを覗き見した。 「お、わさびの柿ピー。ドンキにあんだ」  レンのお気に入りのつまみだ。 「これ、期間限定だろ。三つ入れてある」 「さすが」 「あと、酒は適当に」 「ナイス〜」  あとは、もうレジに向かうだけだった。  そもそも用事なんかなかった。  一階へ戻ると、そこには「絶対いらない」と言いたくなる変なキーホルダーが大量に並んでいた。  MIUは目を輝かせている。  シェアハウスの『I♡歌舞伎町』のピンクのネオンライトと一緒に飾ってある、ごちゃごちゃしたぬいぐるみやキーホルダーは、MIUの趣味だ。  MIUは今日も相変わらず、ちょっとかわいくない犬みたいなのを見つけた。 「ねぇ、ねぇ、これがいい」 「趣味悪ぃ〜」 「かわいいし」  MIUはユウキの持ったカゴにそれを入れた。  カイはゆるい笑顔で覗き込む。 「MIUちゃんコレクション増えたね」 「うん。もう一匹いる犬と一緒に飾ろ。  ……あ、みんな、ちょっと待って!」  レジの列に並びかけたところで、MIUが止める。 「これ、これ絶対いる!」  手に持っていたのは、柔らかい色のピンクやパープル系がセットになった、パステルカラーの風船だった。  レンが後ろから覗き込む。 「風船?」 「誕生日の時、いっぱいでかわいかったから。次はこのピンクがいい」 「今買っても、次の誕生日までお預けだぜ」 「それでもいいの。レンくんがちゃんとしまっておいて」  そうして一同はレジを抜けて、ドンキの中の人混みから、歌舞伎町の街の人混みへ出た。  ユウキとカイの手には、黄色いビニール袋。  一目見て、どこへ行っていたかわかる。  何にもなかったはずの休日は、少しの思い出を残して、夕焼けの歌舞伎町へ溶けていった。 第7話 朝の個室  まだ空が白み始めたばかりの時間だった。  BARのシフトを終えたユウキが、静かに部屋へ戻ってくる。  時計は朝の五時を指していた。  ドアを開けると、いつもの匂いが流れてくる。  酒。  煙草。  汗。  甘い残り香。  四人で暮らす部屋の匂いだった。  ソファではレンが寝ている。  金髪を乱したまま、珍しく無防備な顔で眠っていた。  ベッドではカイが大の字になっている。  虹色の髪がシーツへ広がり、幸せそうな寝息を立てていた。  最初は借りてきた猫みたいだったカイも、あそこを堂々と一人占めできるくらいには馴染んだってことか。  ユウキは小さく息を吐く。 「……MIU?」  返事はない。  部屋を見回し、バルコニーへ出た。  朝の冷たい風の中、MIUが手すりへ寄りかかっていた。  黒いレースの服。  揺れる長い髪。  ぼんやり遠くを見つめているようで、どこも見ていなかった。  ――また、頭の中で誰かが怒鳴っている。  ユウキは何も言わず、後ろからそっと抱き寄せた。 「おはよう」  MIUの肩が小さく震える。 「……ユウキくん」  頬へ触れると、指先に冷たさが伝わってきた。 「冷えてるな」  優しく言いながら、心の中では別のことを考えている。  ――また、したのか。  でも、口には出さない。  MIUはそのまま、ユウキの胸へ顔を埋めた。 「寝れなかったの。一緒にいていい?」  小さな声だった。  ユウキは背中を撫でる。 「腹減ったろ。飯、行こうか」  MIUは静かに頷いた。  ユウキは手を引いて、MIUをぬるい室内へ招き入れた。    ◇  二人が入ったのは、歌舞伎町の裏路地にある古い居酒屋だった。  朝でも開いている、静かな店。  個室へ入ると、外の音がすっと遠くなる。  ユウキは定食を注文する。煙草へ火をつけた。 「吸っていい?」  いつもの確認。  MIUは小さく頷く。  湯気の立つ味噌汁。  焼き魚。  白いご飯。  ゆっくりした時間が流れていく。  MIUは少しだけ食べて、箸を止めた。  空腹なはずなのに、口の中だけが乾いていて、うまく飲み込めなかった。  残りはユウキが自然に食べる。  それも、いつものことだった。  食後、ユウキは煙草を灰皿へ押し付ける。  そのまま、静かにMIUへ近づいた。 「……静かに、できるよね」  ユウキの声は静かだったが、指先はもう優しく触れていた。  MIUの体は、常に誰かとの甘い余韻を持っていて、熱が溢れ出すまでそう時間はかからなかった。 「……んっ……」  ユウキは耳朶へ唇を寄せ、低く落ち着いた声で囁く。 「我慢して。店員に聞こえる……」  MIUは唇を強く噛み、細い指で自分の口を押さえる。  ユウキはその間も、ずっとMIUの様子を見ていた。 「……はぁ……っ……」  MIUが絶頂に近づいた、その瞬間。  ユウキはぴたりと動きを止めた。  MIUは小さく身をよじらせる。 「……あ……っ……だめ……」  ユウキは妖しく微笑みながら囁いた。 「まだ……もっと我慢して」  再び、ゆっくりと触れ始める。 「……んっ……イっちゃ……」  MIUの反応が強くなると、ユウキはまた動きを止める。  MIUの肩が小さく震えた。  口は何かを言いたそうに動いていた。  口を押さえていた手が、きゅっと握られる。 「……まだ」  落ち着いた声だった。  MIUは唇を噛んだまま、ユウキの服を掴む。  その反応を見て、ユウキは静かに目を細めた。  何度も繰り返されるうちに、MIUの懇願は涙混じりになっていく。 「……もう……イきたい、ですっ……お願い……」  MIUの声が震え、瞳から涙が一筋こぼれ落ちる。 「イきたい、ですっ……」  その言葉を聞いた瞬間、ユウキの指先がわずかに止まった。  冷静でいるつもりだった。  でも、MIUがそんなふうに声を震わせるたび、自分の方が乱されていく。  今度は止まらなくなった熱に、MIUは必死に声を我慢する。  その代わりのように、涙だけが溢れた。 「…………っ!!」  力なくもたれかかるMIUを、ユウキは優しく抱き寄せて落ち着かせる。 「よく我慢したね……いい子だ」 「……それ、犬みたい」  掠れた声だった。  ユウキはその髪を梳く。  静かな仕草。  でも、その目の奥には、まだ熱が消えていなかった。 「……足りないな」  聞こえないくらい小さく呟く。  個室の外では、朝の歌舞伎町がゆっくり動き始めていた。 第8話 虹色の独占  夜のシェアハウスは薄暗く、淫らに煌めいていた。  壁の『I♡歌舞伎町』のネオンがピンクに妖しく灯り、天井の小さなミラーボールが、その光を乱反射させて部屋に散りばめている。  明かりはそれだけ。  あとは、レースのカーテン越しに射し込む歌舞伎町の灯りが、部屋をうっすらと照らしていた。  カイは今日は残業で、いつもより遅めの帰宅だった。  いつもの巣窟の匂いに、ほっとする。  レンはソファでぐっすり寝ている。  カイは虹色の髪を軽く撫で、抜けた笑顔でベッドへ向かった。  そこにはMIUが、黒レースのワンピース姿のまま枕へ凭れ、ぼんやり天井を見つめていた。  目にはまだ少し赤みが残っていて、鼻の頭が泣き疲れでぽっと赤くなっている。  時々、すんすんと小さく鼻を鳴らす仕草が、無防備で……なんだか胸をきゅっとさせた。  カイはそっと近づいて、MIUの手を取る。 「MIUちゃん……今は俺だけだよ」  今にも寝てしまいそうで返事はない。  けれど、MIUの指が弱くカイの手を握り返す。  MIUはぼんやりしたまま、カイの顔を見つめていた。  カイの胸が、ちくりと痛む。 (昨夜も泣いてたのに……今日も……)  今日はMIUちゃん、何してたんだろう。  また、お母さんのこと思い出しちゃったのかな。  脳内をそんなことが巡る。  MIUの指先は微かに震えていた。  カイはそっと手を伸ばし、服の上からゆっくりと体に触れる。  MIUの体がぴくりと反応した。  するとMIUは、空いた手をカイの手へ絡ませた。  お互い両手を塞がれた、不思議な格好になる。 「ん……カイくん、ちょっとだけ待ってて」  MIUはカイへそっとキスをし、ふらふらと体を起こした。  おぼつかない足取りで、キッチンへ向かう。  カイは背中を見送りながら、今日も何も言えなかった自分を呪う。 (また、わかってて何も言わなかった俺……)  カイは目と鼻の先にあるリビングから目を逸らし、カチッ……という音だけを聞いていた。  ベッドへ戻ってきたMIUの瞳には光が戻り、その奥に闇が丸く広がって吸い込まれそうだった。  指先の震えが止まっている。  唇の端が、無理に上がっているように見えた。 「……カイくん、温めて」  カイは抜けた笑顔を貼りつけて、MIUを抱き寄せる。  震えるほどつらいのに、俺は止めなかった。 (今は、君の熱が欲しい……ごめん、MIUちゃん)  体を寄せてくるMIUの首筋へキスを落とした。 「大丈夫? 無理しないでね……」  MIUの体を優しく押し倒す。 「……んっ……」 「……気持ちいい?」  MIUの息が少しずつ浅くなる。 「もっと……していい……?」  カイが下着へ触れ、まだ早いと気づいて指を離そうとする。  その様子に、MIUは強く抱きしめるようにキスを返した。  耳元で囁く。 「いいよ。壊れちゃうくらい、今日も遊ぼ?」  カイの胸へ顔を埋め、体をすり寄せる。 「……カイくんの匂い、全部欲しい」  MIUはカイへ絡みつき、微かに擦り付けるように揺れる。  積極的だけど、どこか子供みたいにわがままな仕草。  いつもは「消えたい」みたいな切なさなのに、今は「あなたにだけ甘えたい」という無邪気さに変わっているように見えた。  MIUの手が、カイの下着越しにそっと触れた。  MIUは小さく笑う。 「……カイくん、今日もすごいね」  子供みたいに面白がる声だった。 「……ここ、溶けちゃったみたい。私のせい?」 「あ、それ反則」  カイは困ったみたいに笑う。  この瞬間だけは、彼女の壊れが俺のものになる。  見ないふりをした罰は、後で来るはずだ。  でも今は……。  MIUを傷つけないよう、そっと手を伸ばす。  カイの胸が罪悪感でずきりと痛んだ。 (濡れ方すごい……アレのせいだよな……)  虹色の髪が汗で額に張り付き、抜けた笑顔が一瞬だけ歪む。 (見ないふりして……ごめんね、MIUちゃん……)  MIUは小さく笑いながら、カイの鼻先へ軽くキスした。 「今日のカイくん、なんかかわいい」  カイの瞳に熱い決意が宿る。 「ごめん……でも、全力できもちよくするからっ」  カイはMIUへ覆い被さり、ゆっくりと沈めた。  動くたび、カイとMIUの境目が溶けていく。 「……カイくんッ…………」 「MIUちゃんの中……すごい。俺の形、覚えてくれてるみたい……」  MIUは一生懸命カイへしがみついている。  カイはMIUの反応を逃さないよう見ていた。  苦しくないか。  そればかり気にしていた。 「大丈夫? ……つらくない?」 「あっ……もっと、MIUを見て……カイくん」 「ッ……だめ、かわいすぎて……」  カイが思わず動きを乱した瞬間、ソファの方でレンが小さく寝返りを打った。  二人とも、一瞬だけ息を止める。  けれど、レンは起きない。  MIUは小さく笑って、カイの首へしがみついた。 「……今は、カイくんだけ」  その言葉へすがるみたいに、またゆっくりと動き出す。  MIUは息を乱しながら、何度もカイの名前を呼ぶ。  カイは思わずMIUへ額を押しつけた。  ソファでレンがまだ眠っているのはわかってる。  それでも、もう加減なんてできなかった。 「……あ……カイくん……っ!」  MIUはカイへしがみついたまま、小さく肩を震わせている。  カイはその背中を抱き寄せる。  胸の奥が痛いのに、離したくなかった。  虹色の髪が汗で濡れ、抜けた笑顔が優しく戻る。 「ごめんね……すぐでちゃった……」  照れたように笑ったが、すぐに曇った。 「……ごめんね……」 (見ないふりして……)  MIUはただ、優しい表情でかすかに頷く。  その表情が、余計に苦しかった。  カイは脱力し、ぼんやり天井を見上げた。  レンはまだソファで寝ている。  ユウキはまだ帰ってきていない。  カイはMIUの髪へ顔を埋める。  ――ほんとは、みんな一緒じゃなきゃ。  そう思いながら、二人は静かな眠りへ落ちていった。 第9話 午前三時のアイス  ユウキの生活リズムは、他の三人と違っている。  BAR勤務のユウキは、夕方に家を出て、翌朝方に帰ってくるのが日課だった。  誰かが起き出せば、コーヒーだけ淹れてやり、自分は二度寝する。  そんな生活にも、すっかり慣れていた。  ――はずだった。  今日は少し早めの、深夜三時。  ノーゲストの時は、二時にBARを閉店する。  コンビニ袋を手に、シャカシャカと鳴らしながら帰ってきた。  足取りは重く、靴を脱ぐ前に少しだけ止まる。  けれど、部屋にはクーラーが効いていて、やっとまともに息ができた。  ベッドでは三人の寝息が立っている。  横目でちらりと見るだけ。  ユウキは冷蔵庫を開け、MIU専用のおやつケースへプリンを入れてやる。 (チョコ、もうなくなるな……)  残りは冷凍庫へしまった。  自分が食べる分だけを持って、台所へ立つ。  カップのバニラアイスを皿へ移し、そこへカルーアリキュールをかける。  なかなか贅沢な、深夜三時のおやつが完成した。  それを持ち、青のビーズクッションへ向かう。  柔らかさへ沈み込むと、もう体を起こせそうになかった。  このままでは、アイスが溶ける。  その時だった。 「……なにそれ」  カイが寝ぼけたまま、ベッドから起き上がった。 「アイス」 「え、ずる」  体を引きずるようにベッドから降り、ユウキの横へやって来る。 「わ、それ絶対美味しいやつ」 「これは俺の。ちゃんと、お前らの分も買ってある」 「え、マジで」  カイは嬉しそうに笑い、MIUを起こしに行った。 「MIUちゃん、MIUちゃん。ユウキくんがアイス買ってきてくれたって」  MIUも、もぞもぞと起き出して、ピンクのビーズクッションへ向かう。 「わざわざ起こさなくても。明日にしなさい」  ユウキが言う。  けれど、MIUは目がほとんど開いていないまま、首を横へ振った。  カイが冷凍庫からアイスを全部持ってきて、丸テーブルへ並べる。 「どれにしよう」  棒タイプのバニラアイス。  イチゴとパリパリチョコのやつ。  モナカのやつ。  どれを選んでも当たりだった。  カイは、寝ぼけた顔でアイスを選んでいるMIUを見る。  次に、自分のアイスを食べず待っているユウキを見る。  その光景が、なんだか少しだけ不思議だった。  昔は、誰かと一緒にいても、いつもどこか置いていかれる気がしていた。  何を喋っても薄くて、人に合わせて笑って、「お前って無難だよな」って言われて。  先輩に「じゃあ、髪でも派手にしてみれば」って笑われた次の週、本当に虹色へ染めた。  その日から、今度はちゃんと浮いた。  視線とか、笑い声とか、“変なヤツ”を見る空気とか。  何をしても、結局ひとりだった。  でも今は。 「どれにしよう……」  眠そうにアイスを覗き込むMIUと、そんな様子を黙って待っているユウキを見ていると、寂しいより先に「好き」が来る。  たぶんMIUも、こういう時間に救われるタイプなんだと思った。  だから、できれば。  こういう夜を、いっぱい覚えさせてやりたかった。  MIUとカイはしばらく悩んでいたが、やがてカイがユウキのカルーアバニラを指差した。 「やっぱ、俺もそれ食べてみたい」 「MIUも、それ食べてみたい」  ユウキは浅くため息をつき、重い腰を上げる。  イチゴとモナカのやつを冷凍庫へ戻した。  バニラの棒アイスの袋を開け、棒から外して皿へ乗せる。  そこへカルーアをかけ、丸テーブルまで持ってきた。  もちろん、ティースプーン付きで。 「ユウキくん、やさしい」 「やさしいー」  二人とも、深夜三時の寝ぼけアイスを存分に楽しんでいた。  ユウキは、自分だけがハーゲンダッツだったことを、心の奥へそっとしまう。  今日は、もうこれでいい。  ――まあ、いつか食べさせてやろう。  そう思うのだった。  そう。いつか。 第10話 熱に浮かされて  ユウキは、診察室で三回くらい聞き返した。 「……キャン、なんです?」  医者は慣れた顔でカルテを見ている。 「キャンピロバクター。食中毒ですね」 「はあ……」  熱で頭がぼやける。  言葉がうまく掴めない。 「最近、生っぽいものとか食べました?」  食べたもの。  ユウキは膝の上のバッグを探り、黒い手帳を取り出した。 「あの、ちょっと見ていいですか」 「どうぞ」  ぱら、と紙をめくる。  先週。  やけに長かった一週間。  月曜日。鍋。違う。  次のページ。  深夜のコンビニ。 『ユウキくん、これ食べる?』  MIUの細い指。眠そうな目。  何を貰ったんだっけ、と考えて、そこで記憶が少し引っかかった。  ああ、あの日。  MIUが先に寝て、男だけで起きていた夜。  バルコニーで、ユウキとレンは煙草を吸っていた。  レースカーテン越しに、二人とも部屋の中を見ている。  ベッドで眠るMIU。  なんとなくユウキが言った。 『MIUって、あんまりヒール履かないんだな』  レンが煙を吐く。 『逃げられるようにじゃね?』 『……ああ』  妙に納得した。  そのあとレンが、部屋の方を見たまま言う。 『それより、脚掻く癖やめさせた方がいいよな』 『癖?』 『かさぶたなりかけてんじゃん、あそこだけ』  ユウキには分からなかった。  トイレに立って、ベッドの横を通った時、MIUの太腿に小さく赤い跡があるのが見えた。  さっき言っていたのは、あれか。  トイレのドアを閉めた直後、リビングの引き戸が開く音。 『ただいまー』  カイだった。  レンがバルコニーから指を立てる。  しー、の合図。  カイは静かに歩いて、そのままMIUの顔を覗き込んだ。 「……ん」  MIUが目を開ける。 『ばか、なにやってんだよ』  レンの声。  そこでやっと記憶が繋がる。  起きたMIUと、コンビニへ行ったんだ。 『ユウキくん、これ食べる?』  ホットスナックを半分寄越してくる。  熱のせいか、食べ物より先に、そんなことばかり思い出す。  ページをめくる。  夜中に目が覚めた。  トイレへ起きて、なんとなく部屋を見る。  カイがいない。  バルコニーか。  レースカーテンの向こう、カイはただ遠くを見ていた。  悩み事か。  今度聞いてみるか、と思ったところで、記憶が途切れる。  違う。  あれは、たこ焼きの日だ。  さらにページをめくる。 『コンビニ行ってくる』  カイが言う。  レンが顔も上げずに聞いた。 『何分?』 『コンビニ』 『何分』 『十五くらい』 『二十分で連絡なかったら電話する』  その時、少し変だと思った。  門限じゃない。  点呼みたいだった。  その日は、結局三人でカップ麺を食べた。  MIUは寝ていた。  湯を入れて、ぼんやり待っている時、レンが無意識みたいに箸を四膳出した。  一瞬、空気が止まる。  MIUは寝ている。  カイだけが笑った。 『未来予知?』  レンが「あー」とだけ言って、一本戻した。  ユウキは、その一瞬だけ覚えている。  それも今はどうでもいい。  頭が鈍い。  記憶を追いかけすぎている。  ページを戻る。  木曜。  BAR。客の名前。テキーラ。持ち込み。  そのメモを見た瞬間、あ、と思った。  紙の端に、自分の字で雑に書いてある。 “焼鳥” 「あー……」 「心当たりあります?」 「たぶん、これです」  医者が頷いた。 「鶏肉は多いですね」 「そうですか」  答えながら、ユウキは少し息を吐く。  家じゃなかった。  その安心が、思ったより大きかった。  診察室の白い壁を見ながら、ぼんやり考える。  帰ったら、たぶんまた、レンが煙草を吸っていて、カイがどうでもいい話をしていて、MIUは寝ている。  熱のせいかもしれない。  今はそれが、妙に恋しかった。  歌舞伎町のはずれ、マンションの五階。  帰って、みんなに伝えたら、かなりテンパっていた。  しかし、積極的に助けてくれようとしていた。  レンは、完全に“生存管理”だった。  体温。水分。薬。全部把握してる。  そんなふうに管理された経験がなかったから、少し怖かった。  その怖さが、ちょっとだけ悪くなかった。  カイは、ずっと喋っていた。 「やば、俺も腹痛くなってきた気がする」  とか言いながら、全然元気そうだった。  冷えピタを取り替えてくれるのはありがたかった。  ただ、ずっとズレた位置に貼っているから困った。  MIUは、“そばにいた”。  ただ、いる。  寝ぼけながら、俺の布団へ入ってくる。  顔が近い。  でも、今日は誰も何もしなかった。  あとはずっと、記憶が曖昧な気がする。  カイが額を触って、「熱い」と言って、横で寝ていた。  夜中、起きた時。  レンがキッチンで煙草を吸いながら、静かに携帯を見ていた。  そう言えば、レンもずっと近くにいた気がする。  仕事の調整までしていたのかもしれない。  そこまでしてくれなくても、大丈夫だが。  あと、カイが「やばくなったら救急車呼ぶから」って相談する声がした。  MIUは寝ぼけて、俺の水を飲んで、「……あ」って顔をしていた。  ずっとこんな感じで、誰かに構われていた。  こんなふうに世話されるのは、いつぶりだろう。  たまには、ありかもしれないと、落ちていく意識の中でぼんやり思った。  ユウキは目を覚ました。  ずいぶん長く寝ていた気がする。  外が暗い。  夜中だろうか。  換気扇だけ回っている。  静かだ。  その静けさが、変に怖かった。 「ユウキくん、死んだらどうしよ」  離れた場所から、カイの声がした。  バルコニーにいるようだった。  レンが、「縁起でもねー」って笑う。  でも、レンの煙草を持つ指だけ、落ち着きなく動いている。  ユウキは薄く目を開けた。  レンがこちらに背中を向けているのが、レースカーテン越しにわかる。  たぶん、MIUを見ていた。 「……その時は」  レンの眠そうな声。  MIUがバルコニーの手すりに寄りかかり、小さく笑っているのが見えた。 「一緒に死ぬか。俺らも」  軽かった。  あまりにも軽く。  コンビニ行く? くらいの温度だった。  しかし、誰も返事をしなかった。  レンが、ゆっくりMIUを見る。  その顔を見て、ユウキは、あ、と思った。  MIUが、笑っていた。  いつもの笑顔とは、なにか違う。  救われたみたいに。  嬉しそうに。  心底、安心した顔で。  レンの固まった後ろ姿。  煙草を持つ手も止まっている。 「うん、そうしよ」  笑って返しているのに、声が少し掠れていた。  その瞬間。  換気扇の音だけが、やけに大きく聞こえた。  レンは何も言わなかった。  カイだけが、「いや死ぬなよぉ」と、へらへら笑っていた。  ユウキには、レンの顔は見えなかった。  でも、煙草の火だけが、ずっと動かなかった。  ああ。  たぶん、駄目なんだろうなと思った。  考えるのはやめて、ユウキは目を閉じた。  汗の匂い。  煙草の匂い。  柔軟剤。  その全部の真ん中で、レンだけが、妙に静かだった。 第11話 ひとりにしない  深夜。  コンビニの袋を提げて、レンが静かに部屋へ戻る。  部屋には、いつもの『I♡歌舞伎町』のネオンのピンク色と、夜の街明かりを反射したミラーボールの光だけがちりばめられていた。  キッチンも静か。  いつもの匂い。  レンはベッドを見る。  MIUが、一人で寝ていた。  その瞬間、レンの心臓が嫌な音を立てた。  ――なんで、一人。  思考より先に、身体が動く。  袋を床へ落として、ベッドの横へ行く。  呼吸。  見る。  肩。  胸。  動いてる。  いる。  生きてる。  そこでやっと、息を吐いた。  喉が乾いていたことに気づく。  心臓が、張り裂けそうでうるさかった。  その時、トイレのドアが開いた。 「……あれ、レンくん?」  カイだった。  眠そうな顔。  レンは数秒、そのまま固まってしまった。  カイが、ベッドとレンを見比べて、少しだけ目を丸くする。 「え、死んだかと思った?」 「思ってねぇよ」  返事が早すぎた。  カイは、へらっと笑う。 「だいじょぶだよ。一人にしてないって」  その言葉で、レンはやっと身体の力を抜いた。  レンは少しイラッとして、ベッドの方へ向かってくるカイの尻を軽く叩いた。 「あ。暴力反対」  ベッドのMIUが、寝返りを打つ。  シーツが擦れる。  それだけで、レンは一瞬息を止めた。  起きていないと分かると、ため息をつきながらソファへ向かう。  カイはそれを見て、少しだけ目を細めた。 (ユウキくんが帰ってきたら、話してあげよう)  そう思いながら、静かにベッドへ潜り込む。  ミラーボールは、静かに光を反射していた。  いつも通りの部屋だった。  なのにレンだけが、まだ少し、息を浅くしていた。 第12話 土曜の狂宴  この日もユウキは、朝まで眠れずにいたMIUを連れて、朝食へ行ってきた。  シェアハウスへ戻ってくると、いつもの匂い。  レンは風呂をキャンセルしたのか、ソファで寝ていて、カイが一人でベッドを占領している。  ユウキは何も言わず、MIUを風呂場へ連れて行った。 「震えてる」  静かな声だった。  MIUの指先は、まだ少し冷たい。  ユウキは服を脱がせ、シャワーを浴びさせる。  その間、MIUはただ大人しく身を預けていた。  キッチンへ向かわせないように、自然に距離を取らせる。  言葉にはしない。  でも、ユウキはずっと気にしている。  湯船に湯気が立ち込め始めた頃、風呂場の扉が少し開いた。 「おはよぉ」  寝ぼけた声。  カイだった。  虹色の髪をぐしゃぐしゃにしたまま、当たり前みたいにMIUへ抱きつく。 「……いい匂い」  首筋へ鼻を寄せ、嬉しそうに笑う。 「ユウキくんの匂いと、MIUちゃんの匂い混ざってる」  MIUが小さく笑った。 「くすぐったい……」  ユウキは呆れたように息を吐く。  でも、その光景を見る目は少し優しかった。 「まだ寝てろよ」  ボディーソープの泡を手に取り、カイの顔へわざと塗りつける。 「いい匂いすぎて、起きちゃった」  ユウキはMIUを丁寧に洗ってやると、軽く抱き上げ、湯船へ浸かった。  カイは正面の特等席に入り込み、体を寄せてくる。  MIUはユウキの広い胸板を背もたれにして、震えていた体を温めた。  湯気が立ち込め、ほっと一息つく間。  ユウキは、MIUが温まってきた頃を見計らって、後ろから抱きつき、両手を伸ばす。 「……あ……ユウキくん」  見えなくとも、MIUの好きなところは把握していた。  MIUはすぐに甘い息を漏らし始める。 「や、もう……欲しいよぉ……」  カイは、MIUの蕩けた顔を夢中で見つめている。  ユウキはMIUの背中越しに、カイの呆けた表情を見て、今のMIUの顔、見たかったな、と一瞬だけ思った。 「……ッ、これ……わかんない……きもちぃ……」  MIUはもう、溶けきっている。  カイはMIUの正面から手を伸ばし、頬へ軽くキスをした。  MIUはユウキの甘い刺激に夢中で、カイのキスへ反応する余裕もないようだった。  少しだけ反応が欲しかったカイは、おもむろにユウキの胸板へ手を伸ばし、突起をぴんっと弾いた。 「ッ……」  ユウキが動きを止め、カイをじっと見つめた。  カイは、へ? という顔でおどける。 「やられたらやり返す……チクバイ返しだ」  ユウキが手を離した瞬間、MIUの体から小さく「あンッ」と声が漏れる。  力が抜けたみたいに湯船の縁へもたれながら、MIUは不満そうにユウキを見上げた。 「3、2、1」  ユウキはカイをきゅっと摘まんでみせる。  カイの身体がびくっと跳ねた。 「んッ……ユウキくん……やっば……っ」  笑いで、ごまかしきれていなかった。  ユウキは勝ち誇った笑みを浮かべ、お風呂の縁へ額を当てて笑いを堪えていたMIUの元へ戻る。  今度は、わざとカイから見える位置へMIUを引き寄せた。 「……っ、あ……だめ……イッ……!」  すぐにMIUは耐えきれなくなって、ユウキへしがみつく。  湯船の水面が大きく揺れた。 「うわ、MIUちゃん限界じゃん」  カイが笑う。  ユウキは、必死に肩で息をするMIUを優しく抱きしめる。  カイもMIUを撫でてやりながら、火照った顔に見とれていた。 「MIUちゃん、くたくたになっちゃったなぁ……」  ユウキはMIUを抱いて湯船から上がり、タオルで丁寧に拭いてやる。  カイも髪を優しく拭きながら呟いた。 「ユウキくんはすげぇな。瞬殺じゃん」  ユウキはカイの言葉に鼻で笑い、MIUをお姫様抱っこして寝室へ向かった。  カイが風呂場のドアを開け、リビングへ出ると、レンが起きていてキッチンにいた。  抱き上げられた、ほかほかのMIUを見て、レンは少しだけ悪そうな笑顔を浮かべる。 「お、いい感じじゃん~」  手に持っていたガラス管を食器棚へしまう。  レンは欠片を忍ばせ、苦い煙をふかしながら三人に続いた。  ユウキがキングサイズのベッドへMIUを優しく下ろす。  レンは服を脱ぎ捨て、横たわるMIUをじっと見つめている。  MIUもまた、熱に浮かされたような目でレンを見上げていた。  その視線の奥にある渇きを、レンだけは知っている。 「もうイってんのかよ……我慢できねぇ」  レンはMIUへ覆いかぶさる。  耳元で何かを囁いて、MIUの唇へ煙の残るキスを落とした。  MIUの瞳が、とろりと揺れる。  レンは慎重に溶け込ませて、そのまま自身を一気に深く沈めていく。  ユウキは一瞬、「あっ」と小さく声を漏らし、順番を抜かされた子供みたいな表情を浮かべた。  すぐに呆れたように息を吐き、冷静さを取り戻してMIUへ向き直る。 「あ……レンくん……奥、熱い……っ」  MIUの中に隠されたものが溶けて、最奥を熱くしていく。  ちくちくと疼く刺激が、MIUを高揚させた。 「ユウキくん……それ、だめっ……」  MIUはユウキの頭を撫で、艶っぽく言う。  ユウキはMIUの目を真っ直ぐ見て、さらに激しくした。  カイは隙間から滑り込み、MIUの足先へ舌を這わせる。 「カイくん……そんなところっ……や……」  少し泣きそうな声に、カイは嬉しそうにしている。  その時、ユウキが何気ない顔で手を伸ばした。 「……ああぁ、っ……!」  MIUの肩が跳ねた。  体に力が入り、首を振るだけの弱い抵抗を見せる。  レンは思わず眉を寄せた。 「おま、そこ反則だろ……」 「効くんだ?」  ユウキは面白がるみたいに笑う。  レンの呼吸が乱れるのを見て、カイまでつられたように笑い出した。 「え、なにそれ、新技? MIUちゃん、ちょっと苦しそう」 「苦しくても、嫌じゃないだろ」 「おい、それしたまんまで喋ってんなよ」  レンはなんとか我慢して、腰を引いた。  ユウキは少し得意げな顔でカイに譲る。  カイはそれを無視して、すぐに埋めた。 「MIUちゃんの中……すげぇ……  ユウキくん、俺の時は指くれねぇのォ?」  ちょっとバカっぽく、甘えた声で言う。  ユウキは「ん?」とした顔でカイを一瞥し、 「だって、お前イッちゃうだろ」  と、MIUの敏感な場所をきゅっと摘まんだ。 「……あ……だめ……っ!」 「うぉっ、これヤバイ……!」  カイの目は完全に座っていた。  もうギリギリだった。 「ごめん……次、ユウキくん……っ」  ユウキは汗だくのMIUへ水を渡してやる。  MIUはふらふらしながら受け取り、飲んだ。 「皆にも、恥ずかしいとこ、もっと見せような」  ユウキは耳元で囁いた。  なぜかレンが食いつく。 「あ? 俺の方が知ってるし」 「そこ張り合うの?」  カイが笑う。  MIUまで小さく吹き出した。  ユウキも笑いをこらえて、水を元の場所へ戻した。  MIUの背後へ回って沈める。  それだけでは終わらず、指を這わせた。  MIUは、知らない快楽が背中をぞくぞくと駆け抜け、腰がびくっと震える。 「……それヤッ……そっちは……ッ、うぅ……」  それを見て、レンとカイもすぐに参加する。  MIUは上目遣いに三人を見上げた。  レンとカイは正面から、くぐもった声で喘ぐMIUの姿に見とれていた。  その受け身でわがままな動きが、MIUの「かわいい」を最大限に引き出している。  誰かの腕が離れても、すぐ別の体温がMIUを包む。  名前を呼ぶ声も、触れる手も、息づかいも、途切れない。  MIUの頭の中を埋め尽くすみたいに、三人は代わる代わる熱を重ねていく。 「MIU……お前のなか、……離れられない」  一人では間に合わない。  レンの熱だけでも、ユウキの執着だけでも、カイの優しさだけでも。  MIUを暗い場所へ戻さないためには、三人とも必要だった。 「みんな……もっと……熱く溶けて……」  MIUの頭の中は、もう「今」だけだった。  順番に、繰り返し、代わる代わる。  終わらない快楽が、「今」に夢中にさせる。  ――ここが本当に現実なのか。  レンには、もう分からなかった。  熱。  密度。  快楽。  興奮。  ときめき。  ドーパミン。  幸福。感謝。支配。欲望。  罪悪感さえ、気持ちよかった。  俺の感情だけじゃない。  四人分の感覚が、脳の中で一気に発火して、世界の輪郭が溶けていく。  笑ってしまいそうだった。  世界が完璧すぎて。  現実?  これが俺らの現実。  この現実が狂っていてよかった。  心が満たされていく。  MIUが中心で回るんだ。  全部、熱く溶けて、一緒になってしまいたい。  誰一人、欠けてはいけない。  ここは、とてもあたたかい。 第13話 悪夢インタールード  街明かりと月光がレースカーテンを透かし、ベッドシーツへ淡い模様を落としていた。  ベッドでは、MIUが静かな寝息を立てている。  その背中へ、ユウキが抱きつくように眠っていた。  部屋には汗と甘い匂いが、まだ濃く残っている。  床へ落ちたシーツ。  その上で、カイが穏やかな寝息を立てていた。  片手には、ピンクのバイブを握ったまま。 「……うっせぇ」  トイレから戻ってきたレンが、小さくため息をつく。  カイの手からバイブを抜き取り、電源を切ってベッドへ放り投げた。 「ん……」  カイは寝返りを打つだけだった。  レンはベッドへ腰掛ける。  転がったアナルバイブ。  乾きかけたローション。  ユウキの腰にも、同じ跡が残っていた。 「……新しいこと好きだよな、お前ら」  呆れたように笑いながら、レンはMIUの頬へそっと触れる。  そのまま隣へ滑り込み、細い身体を胸へ抱き寄せた。  外では遠く、救急車のサイレンが鳴っている。  みんなの寝息だけが、静かに部屋を満たしていた。  レンが髪を撫でていると、MIUの身体が小さく震え始める。 「……レンくん……」  寝言だった。  眉を寄せ、レンのシャツを弱く掴んでいる。  MIUは悪夢を見ていた。  甘い言葉へ騙され、狭い部屋で身体を弄ばれた夜。  欠片を擦り付けられ、意識が溶けていく感覚。  冷たい光。  知らない声。  途切れる記憶。  そして最後に、ドアを蹴破る音。  MIUは誰かを探すように顔を寄せた。  レンは静かにキスを返す。 「……大丈夫だ」  低い声が、耳の奥へゆっくり染み込む。 「俺はここにいる」  背中を撫でる手へ合わせて、MIUの呼吸が少しずつ落ち着いていく。  やがて、掴んでいた指の力が緩んだ。  レンは髪を撫で続けながら、静かに目を閉じる。 『レンくん』  その呼び名を聞くたび、自分が“レン”でいていい気がした。  本当の名前なんて、もうどうでもよかった。  歌舞伎町へ来てから、ずっと自分を隠して生きていた。  でもMIUだけは、勝手に“レン”を見つけた。 『名前教えてくれないから、あだ名』  あのゲームセンターで出会ってすぐ、酔ったMIUが笑いながらそう言った。 『蓮の花みたいで、かわいくない?』  MIUが、もぞもぞと動いた。 「……レンくん……だいすき……」  寝言みたいに呟いて、MIUが胸へ顔を寄せる。  レンはその身体を抱き締めたまま、小さく笑った。  外はまだ暗い。  でも、目が覚めたら、きっとまた四人でコンビニへ行って、お菓子でも選ぶだろう。  その当たり前が、たまらなく愛しかった。  レンはMIUを抱いたまま、静かに目を閉じた。  明日のことは、誰も考えていなかった。 第14話 日曜日のはじまり  深夜二時半。  歌舞伎町のネオンが、まだ血みたいに赤く光っている頃。  シェアハウスのバルコニーへ、リビングから三つのビーズクッションを持ってきて座る。  ピンク。  オレンジ。  青。  先ほどコンビニで買ってきた缶チューハイ、レモンサワー、ポテチ、からあげ棒。  好きなものばかりだった。 「今日は私、めっちゃ飲む!」  MIUが缶を開ける。 「それ、いつも〜!」  カイが笑う。  レンはMIUの後ろへどっかり座り、肩へ腕を回した。 「冷えてんじゃねーか」 「レンくんがあったかいから平気」  MIUはそのまま胸へ寄りかかる。  ユウキは缶を傾けながら、静かに眼鏡を押し上げた。 「毛布持ってくるか?」 「レンくん動かなければ、だいじょぶ」  MIUは身体を揺らして、わざとレンへお尻を押し付ける。  スマホで昔の動画を流していたカイが吹き出した。 「わ、この時のユウキくんのダンスやば!」  画面の中で、酔ったユウキが微妙な動きをしている。 「……うるさい」  そう返しながら、ユウキもちょっと笑っていた。  しばらく笑い合ったあと、MIUがぽつりと呟く。 「ねえ、みんな……覚えてる?」  男三人が少しだけ身構える。 「……緊縛体験で、私の腕縛ってもらった時のこと」  一気に空気が抜けた。 「それかよぉ!」  カイがポテチを咥えたまま笑う。 「忘れらんねぇよ! ユウキくんが誰より先に調子乗って、腰振ってたやつ!」  ユウキは淡々と缶を飲む。 「……あれは実験だ」 「絶対違うだろ!」  レンが吹き出した。  MIUはくすくす笑う。 「また行きたいな。今度は、吊られるやつやってみたいかも」  一瞬、三人とも黙る。  ユウキは缶を傾けながら、ぼんやり思い出していた。  静まり返った店内。  天井から吊られた赤縄。  薄暗い照明。  MIUは、ショーを見上げたまま動かなかった。  実際に縄を掛けられた時もそうだった。  酔ったみたいに頬を赤くして、細い腕へ縄が食い込むたび、どこか安心した顔をしていた。  ――あれを、誰にも見せたくなかった。  だから俺は、わざとふざけて空気を壊した。  今でもたまに、MIUの腕を見ると、もう消えたはずの縄の跡を探してしまう。  カイは鼻をひくつかせた。  レンだけは真顔だった。  でも次の瞬間には、また笑って頭を撫でる。 「……お前、ほんとに壊れたいの?」 「ユウキくんが縛る側やりたがりそう」  カイがニヤニヤしながらユウキを見る。 「……次は俺でもいい」 「だめだめ!」  レンが即座に止めた。 「お前、絶対変な方向いくだろ!」 「まずダンス練習してからな」 「なんでだよ」 「ターミネーターみたいだったし」  カイが笑う。 「あのダンス、私は好きだけど」  MIUがぽつりと言う。 「え……!?」  カイは、なんとか酔った頭でダンスの成功体験を捻り出し、矢継ぎ早に切り出した。 「あ! そういえばさ、俺、知らない子にダンス褒められたことある!  クラブで。すごくない?『ダンスおじょうずですね』ってさ!」  誰も笑わず、一瞬で空気が冷えたみたいだった。  レンが即座にスンと無表情になって、空気をピシッと止める。  ユウキも、眼鏡越しにスン。  MIUもあとについてスン。  みんな、時間が止まったみたいに硬直している。  カイの笑顔が引きつって、救いを求めるみたいにみんなを見る。  静かな時間。  MIUの肩が少し震え出し、とうとう我慢できなくなって、くすくす笑い始める。  空気が崩れていくと、カイは泣きそうな笑い顔で体勢を崩した。 「スンはやめてよぉ。褒めてほしかったんだよぉ」 「あれ? カイくんも、ダンスそんなだよね?」  MIUは笑いながら、隣へ座るカイの足をつつく。 「え、待って待って! 俺のダンスは個性的なんだよ!」  レンは笑いながら被せるように制した。 「個性的って、転けるとこまでがダンスってことかよ」  ユウキが冷静に言う。 「見てたが、女の子、目が笑ってなかっただろ」  カイが「えぇー」とちょっと拗ねた顔をすると、カイの肩へMIUがコツンと頭をすり寄せる。 「でもカイくんのダンス、かわいいよ」  カイの顔がみるみるうちに赤くなる。 「MIUちゃんだけは味方でいてくれよぉ……!」  それを見て、またみんなで笑い合う。  MIUは缶を持ち上げる。  みんなも自然に合わせた。 「ダンス下手でも、みんな一緒じゃなきゃ意味ないよね」  その言葉に、少しだけ空気が柔らかくなる。  レンが静かに頷いた。 「……そうだな」  缶が小さく鳴る。  ネオンの下で、四人の笑い声だけが夜風へ溶けていった。 第15話 バルコニーの夜  夜の歌舞伎町。  ネオンが赤、青、ピンクに脈打つ中、バルコニーには、飲み会の名残みたいにビーズクッションと空き缶が散らばったまま、四人の熱で蒸し暑くなっていた。  そこへ、落ちているレースの下着がひとつ。 「……ん……っ、ん!」  MIUは手すりへ両手をついて立ち、背中を丸めて震えている。  あられもない姿で。 「MIU、もっと声出せよ。外だからって我慢すんな」  MIUの真後ろから聞こえたのは、わざと誰かへ気付かせるみたいな、熱のこもった声。  弾くような音が夜風へ響き、MIUの身体が激しく揺れる。  MIUは手すりから手を離せず、手の甲へ口を押し当て、必死に耐えていた。 「レンくん……激し……ぁっ!」 「ごめんね、MIUちゃん……でも、こんなに硬くなっちゃってる、よ?」  カイはMIUの感じる場所をキュッと刺激した。  電流みたいな感覚が背筋を駆け上がり、MIUの身体へ力が入る。  息が漏れるみたいな声で訴えた。 「カイくん……やだ、感じすぎちゃ……っ!」 「今のMIUのなか、スゲーことになってる」  レンは満足そうにカイへ言った。  カイはその言葉へ嬉しそうに笑い、さらにMIUの耳元へ唇を近づける。 「……ねぇ、下の道路の人、キョロキョロしてるよ。聞こえちゃったのかも……」  その言葉で、MIUの背筋がぞくりと震えた。  下を見てはいけないのに、視界の端へ動く人影が入る。  知らない誰かに、聞かれているかもしれない。  そう思った瞬間、羞恥と熱が一気に押し寄せた。 「ぁ……っ……だめ……」  逃げたいのに、身体は反対に熱を持っていく。  レンが後ろから抱き締める。  カイは乱れた呼吸を隠せず、ユウキは少し離れた場所から静かにMIUを見ていた。  その視線全部が、今は気持ちよすぎた。  ユウキが静かに近づく。  指先が触れた瞬間、MIUの身体がびくりと跳ねた。 「……っ、ぁ……!」  どこを触られたのか、カイにはよく見えなかった。  でも、MIUの腰だけが、耐えきれないみたいに震えている。 「ユウキくん……だめ……っ」  困ったみたいに縋る声なのに、身体は逃げられていなかった。 「まだだ……もっと我慢して。ちゃんと口塞いで」 「MIUのイク声でけぇから、家の場所までバレちまうな」 「レン、ちょっと待て。……MIU、もう少し我慢できるよね?」 「もう……イきたい……イきたいよぉ……っ……もう、むり……」  三人が示し合わせたみたいに、動きを止める。 「……っ、やだ……」  急に静かになったことで、逆に外の音が耳へ入り込んできた。  遠くの話し声。  車の走る音。  どこかの店の笑い声。  誰かに聞かれているかもしれない。  そう思った瞬間、MIUの身体が耐えきれないみたいに震えた。 「……おねがい……」  自分でも、何を求めているのかわからない。  恥ずかしい。  怖い。  なのに、止められるほうが苦しかった。 「……止めないで……」  MIUが泣きそうな声で懇願した瞬間。  三人は阿吽の呼吸で動き出す。  口を押さえきれず、呼吸へ混じって声が漏れ出した。 「イク……イク、イク、イっちゃう……イっちゃう、イっちゃう……イ゛っ……みん……な……もぅ……っ……!」  声は、ぎりぎり耐えきれていなかった。  髪は乱れ、目は虚ろで、はしたなく口が開いている。  それでも三人は止まらない。  視界が滲んで、誰の顔も上手く見えない。  でも、見られていることだけは、はっきりわかった。  MIUは涙を流し、手すりへ頬を押し付けながら、 「……いく、いく、いく……イッちゃう、イッちゃうっ……もぉ、だめ、だめぇ……」  と、震える小さな声で繰り返すことしかできない。  MIUの頭は真っ白になり、三人からの刺激がすべての感覚を飲み込んでいるのに、それでもまだ、どこかからの視線を欲しがっていた。  ネオンが赤く染まる夜のバルコニーで、MIUの甘い小さな喘ぎは、なかなか止む気配がなかった。  下の道路では、救急車の赤い光が、一瞬だけフラッシュみたいに四人を浮かび上がらせ、そのまま通り過ぎていった。 第16話 ネオンの残熱  朝の歌舞伎町は、夜を引きずったみたいな色をしていた。  灰色の空。  濡れたアスファルト。  カラスの声。  どこかの店のシャッター音。  バルコニーの手すりへ触れると、昨夜の熱がまだ残っている気がした。  MIUは小さく指を離す。  部屋の中では、三人がまだ眠っている。  床には空き缶。  脱ぎ散らかった服。  カイの黄色いパーカーが、ビーズクッションへ半分埋まっていた。  静かだった。  なのに、頭の奥だけがうるさい。 『そんな格好して』  声。 『男誘って』  違う。 『汚らわしい』  違うのに。  MIUはぎゅっと自分の腕を掴んだ。  昨夜のことを思い出す。  ネオン。  下を歩く人影。  止められた時の、あの苦しさ。 「……っ」  喉が詰まる。  怖かった。  ほんとは、すごく怖かった。  知らない誰かへ聞かれているかもしれないって、足が震えるくらい。  なのに。  思い出すたび、身体の奥が熱を持つ。  止めないでって、自分から言った。  見ないでほしいのに、見てほしかった。  そのことが、いちばん苦しかった。  MIUはゆっくり自分の手を見る。  細い指。  少し荒れた爪。  手すりを掴みすぎた跡が、まだ薄く残っている。 (……わたし)  言葉が続かない。  お母さんの声が、また頭の奥で響いた。 『自業自得』  その瞬間、MIUの肩が小さく震えた。  もし。  もし、あれが本当に、自分の中へ最初からあったものだったら。  小さい頃から、どこかで、こういうものを欲しがっていたんだとしたら。  わたしは、ほんとうに。  そこで思考が止まる。  最後まで考えたくなかった。  歌舞伎町の朝の風が、黒髪を揺らす。  遠くで救急車の音がした。  消えてしまえたら、楽なのに。  ぼんやりそう思った時。 「……MIUちゃぁ……」  部屋の中から、寝ぼけたカイの声が聞こえた。 「……さむ……」  間抜けな寝言だった。  MIUは振り返る。  レンはソファから半分落ちてるし、ユウキは眼鏡をかけたまま寝ている。  カイは毛布へ巻かれて、意味わからない方向を向いていた。  ぐちゃぐちゃだった。  昨夜の続きみたいな部屋。  なのに、なぜか少しだけ、息ができる気がした。  MIUはしばらく黙って、その光景を見ていた。 第17話 私がなにかになった日  朝まで飲み明かした二日酔いは、いつものことだった。  夜の歌舞伎町は相変わらず賑やかで、  さまざまな看板の明かりが街全体を妖しく照らす。  少し違うところは、夜が過ごしやすくなってきたってこと。  MIUは「迎え酒どんとこい」と笑い、  レンとカイを連れて、いつもの店に陣取った。  ユウキはバーテンダーのシフト中で、  カイはさっき職場の美容室から帰ってきたばかりだ。 「ユウキくん、仕事終わったら合流するって言ってたけど……  朝まで飲んでなさいってことかな?」  MIUの冗談に、レンがニヤリと笑う。 「じゃあユウキの店に突撃すっか」  カイが「いいね、それ!」と即座に乗っかり、  三人はユウキのBARへアポなしで雪崩れ込んだ。  カランカランとベルの鳴るドアを開けると、  店内は月曜の静けさに包まれていた。  カウンターにはユウキと、  もう一人、ロン毛をひとつ結びしたおじさんだけ。  ユウキは一瞬驚いた顔をしたが、  すぐに「いらっしゃいませ」と接客モードに切り替えた。 「あれれ? すいちゃってるの〜?」  MIUがからかうようにカウンターに腰を下ろすと、  ユウキは少し嬉しそうに返す。 「月曜はこれくらいがちょうどいいんだよ」  レンとカイもMIUを挟むように席に着いた。  三人でメニューを覗き込んでいると、  隣のおじさんがグラスを傾けながら、  にこにことこちらを見つめてくる。 「ずいぶん仲良いんだね、どういう関係なの?」  やけにぐいぐいくる。  MIUはかなり警戒している様子だ。  ユウキがすかさず「友達です」と愛想笑いでかわす。  その言葉に、MIUはなぜかおじさんではなく、  ユウキに向かって、ぽつりと呟いた。 「……彼女です」  おじさんは目を輝かせた。 「えーっ! ユウキくんこんなかわいい彼女いたの!?  ちょっと言ってよー!」 「こうなるから黙ってたいんですよ」  ユウキはあきれた調子で返す。  おじさんがさらに調子に乗って、 「じゃあさ、この元気そうな男子達は? え? ユウキくん取られちゃうんじゃないの? 心配だねぇ」  と、からかい始めると、  カイがめんどくさそうに、でも少し得意げにぶっ込んだ。 「俺も彼氏ですけど!」 「えっ、ユウキくん二股されてるの!?  しかも相手と店まで来ちゃって!  えぇ? まいったな、修羅場?(笑)」  ふざけた態度の酔っ払いおじさんに対して、  ユウキが接客モードで人当たりよく対応している様子に、なぜかレンがムッとした。 「俺も彼氏っす」  レンも不機嫌そうにぶっこむ。  おじさんは口をあんぐりと開けた。  四人の顔をキョロキョロと見る。  誰も弁解も嘘もつかない様子だ。 「……どっひゃ〜!  お嬢ちゃん、やるね〜!  ほんとなの!? ユウキくん!」 「……だから言わなかったんですよ」  ユウキはさらに諦め顔だ。 「こんな面白いネタ持ってるなら言ってくれなくちゃぁ……」  おじさんがカバンからごそごそと名刺を取り出し、  MIUの元へ差し出す。 「お嬢ちゃん、みんなとデートのとこほんとすまないけど。俺、こういうものでさ」  近づくおじさんに、  MIUが警戒して椅子から降りる勢いなのを見たレンが、  用心棒のごとく間に入って名刺を受け取り、じっくり見る。 『雑誌記者、編集者、カメラマン』  ……肩書きが多すぎる。  小さな事務所でなんでもやって雑誌を出しているらしい。 「びっくりさせてごめんね。  お嬢ちゃんみたいな“変わったことやってる子”にモデルやってもらって、独占インタビューってさ!  レアな人間関係とか、ちょっと変な趣味とかを雑誌で紹介してるのよ。  お嬢ちゃんだと、『三人の彼氏を持つ女王様発見!』とかさ。  もちろん実名は出さないし、話聞かせてもらって、どこまで書くか全部相談するしさ。  どうだい?このあとちょっと表出て、  歌舞伎町の街並みバックに写真撮らせてもらってさ……」  矢継ぎ早にまくしたてられて、MIUはテンパって困惑した様子だった。 「み、MIU、女王様とか……じゃ、ないし、えっと……」  MIUは困った表情でレンの方を見た。  レンはうーんと怪しげに眉を寄せる。  カイが後ろから名刺を覗き込んだ。 「あ! この雑誌!」  MIUはびっくりして、ちょっと浮いた。 「知ってます、原宿とかでも面白人間関係特集してましたよね? 友達が載せてもらったって見せてくれたんですよ!」  カイはMIUとレンの機嫌をチラチラうかがう。 「おれ、MIUちゃんのプロ撮り写真、ほ、ほしいなーっ」  ユウキもレンの前に移動して、  カウンターの内側から耳打ちする。 「俺も賛成だ。  知り合いだし名刺も本物だ。  女王様はやってほし……。  俺もMIUは写真映えすると思ってたんだ。  俺たちも一緒にいるし、安全だと思うぞ」  本音がポロっとこぼれていた。  レンはMIUに視線を落として、静かに確認する。 「やってみたいか?」  MIUは男性陣の乗り気な雰囲気に押されつつも、  他人であるおじさんの視線に緊張を隠せない。 「わ、わかんない……  何するか、想像できてない」  おじさんはMIUの反応を見るや否や、 「一人じゃなくて四人で一緒に撮影しても大丈夫!  オープンマリッジとか流行ってたしさ!  いまからここで馴れ初めとか普段の感じ聞かせてもらって、お客さんいないうちにぴゃぴゃっと写真も撮りにいこうよ!」  口のうまさに、MIUも流されたのか、頷いた。 「みんなが一緒なら……それがいいな」 「顔出したくない人は目線ピーってすればいいからさ」  おじさんが手で目の前に線を引いて見せる。 「あっ!」  予想外のカイの声のでかさに、皆ちょっと浮いた。 「今からインタビューっすよね?  その間におれ、MIUちゃんのヘアメイクやります!」  一気に協力体制が出来上がった。 「MIUがいいなら……」  レンも折れるが、  心の中では、  カイのヘアメイク、  そしてプロカメラマンに撮ってもらったMIUの写真への期待が勝っていた。  おじさんがボイスレコーダーをセットする。  BARのカウンターで、  MIUの人生初のインタビューがスタートした。 「いつからこんな関係ですか?」 「えっと、みんなばらばらで、揃ったのは一年……半? くらい前で」 「へぇ〜、出会った順番とか聞いてもいい?」 「最初、レンくんが拾ってくれて、  その後ユウキくんで、  すぐにカイくんも来て……」 「誰がきっかけでこの関係がスタートしましたか?」 「誰が……? 私が……ダメだったから……」  MIUは、言葉を詰まらせた。  当時を思い出し、申し訳なさそうにレンの方へ振り返る。  レンは目が合うと、優しい表情をして立ち上がった 「おっさん、これ、俺らも答えていい?」  質問されるたび、  レンの顔を見て、  ユウキの言葉を待って、  カイに助けられて。  記事になる部分の半分以上は、彼氏たちが代わりに説明していた。  それでも、おじさんは楽しそうだった。 「いいねぇ。ほんとに仲いいんだなぁ」  付箋だらけのメモ帳に、どんどん言葉を書き込んでいく。  その間に、カイがMIUの髪を整え始めた。  カイの指が、優しく、でも確実に、“綺麗な人”を作っていく。  黒髪をゆるく巻いて、赤いリップを丁寧に重ねる。  鏡の中の自分を見て、MIUは小さく呟いた。 「……わたし、こんな顔、できるんだ」  いつもなら、涙で崩れてしまう顔。  でも今は違った。  初めて、自分の顔を「壊れていない」と思って見つめられた。  カイは満足げに道具をカバンにしまう。 「MIUちゃん……ほんとに綺麗だよ。  俺、恥ずかしすぎて顔見れないや……」  MIUはカイのいつもと違う様子に、少し照れた。 「うん……ありがとう、カイくん」  小さな声で、でもはっきり答える。  ユウキも、珍しく戸惑っている様子で素早く立ち上がった。 「じゃあ、そろそろ行こうか。店閉めないと」  せわしなく鍵を手に取る。  その時だった。  おじさんが、にんまりと笑って言う。 「MIUちゃんさ、今ちょっと、目が霞んでるんじゃない?」  空気が止まった。  レンの手が、すぐにMIUの腰を引き寄せる。 「……おっさん。深入りすんなよ」  低い声。  でも、おじさんは笑ったままだった。 「いやぁ、なんかわかるんだよねぇ。  遠く見てる目してるからさ」  MIUの指先が震える。  レンは即座にMIUを抱きしめた。  低い声で耳元へそっと囁く。 「俺が守ってるから大丈夫だ」  MIUは逸らしていた目を、  再びおじさんへ向ける。  おじさんはにんまりと微笑んでいる。  しかし、その好奇な目。  MIUは、自分が透けていくように感じていた。  四人で重なる夜も。  あの部屋の熱も。  自分がどんな顔で甘えているのかも。  全部、見透かされてる気がした。  その視線が怖いのに、体が疼くのを止められなかった。  MIUは振り切るように、レンの胸へ顔をそっと埋めた。  おじさんは肩をすくめてウインクした。 「まあ、俺は黙ってるよ。約束ね?」  メモ帳をカバンへ詰め込む。 「いや、いいねぇ。  夢のシェアハウスだねぇ。  おじさんも混ぜてほしいよねぇ」 「あ?」  レンは睨む。  普段は見ることない顔をしていた。 「じゃあ、写真撮りに行こうか!」  おじさんの声は少し上ずっていた。  歌舞伎町のネオンの中へ、四人は歩き出した。  夜風が、黒ワンピースのレースの裾を揺らす。  おじさんのカメラが向けられる。 『はいはい、まずは自然に並んで〜! 女王様を中心に!』  カシャ。  最初のシャッター音で、  MIUの呼吸が止まった。  怖い。  一瞬の怯えがよぎる。  その瞬間、  頭の中でいつもの怒号とは違う声が聞こえた気がした。 (……求められているなら。  MIUが女王様になってみせたらいいじゃん)  指先が、微かに震える。  カメラの向こうの視線。  通行人の視線。  三人の彼氏の視線。  全部、わたしを「見て」いる。  喉が鳴る。  でも、何をしたらいいのか、わからない。  でも、この視線が、  ヒビの入ったまま飾られてるおもちゃみたいなわたしを、  綺麗に見せてくれるなら——。  固まっているMIUを見て、  レンが背後に回り、  MIUの胸を鷲掴みにした。 「俺の女〜」  レンはふざけた様子でおどけている。 「ッ……!?」  MIUの喉から掠れた吐息が漏れる。  レンは耳元で囁く。 「大丈夫、いつも通りのMIUでいい」 「あっ……レンくん、待って……ぇ……」  咄嗟の出来事に甘い声が漏れる。  その声に釣られるように、通行人の視線が一気に刺さった。  カシャカシャ。  シャッターの連打が、心臓の鼓動と重なる。 「いいねいいね! それそれ!」  おじさんが興奮した声。  通行人の目。  咄嗟でも感じてしまう、この体。  見られてることを意識するだけで、  じんわりと体が熱くなってくる。 「えっ! この撮影そんな感じ〜!?」  カイはMIUとレンの方へ、ニヤニヤしながら嬉しそうに近づく。 「女王様! ワンッ、クーンクーン」  カイは明るい声を上げ、  MIUの腰を掴んで犬みたいに腰を振ってみせた。 「それは違うだろ」  レンは突っ込みながら笑っている。  カイはそっと、  スカートの裾へ手を滑らせた。 「MIUちゃん……かわいいね、ここ熱いよ」 「カイくん、だ、だめ」 「今日のかわいいMIUちゃん、皆にいっぱい見てもらお?」  耳元でこっそり伝える。  MIUは、カイの言葉に膝がガクッと震えた。  呼吸が乱れる。 「あんまりやりすぎるなよ」  ユウキは斜め後ろでため息をつき、二人を制止する。  そう言ったはずのユウキが、ふわりとMIUをお姫様抱っこで持ち上げる。 「あ……見られてる……みんなに……」  MIUの瞳が潤み、顔が熱くなる。  体がいつものように疼いていく。  いつもの、流されるがままのわたし。  でも、気持ちはいつもとは違っていた。  ――なってみたい、女王様に。  MIUはゆっくり息を吐き、背筋を伸ばした。  表情は、  クールに、  冷たく、  美しく。  女王様のように。  唇をわずかに結び、  瞳に力を込めてカメラを見つめ返す。  カメラマンは敏感に空気を察知し、  集中してカメラを向ける。  カシャ。  MIUの喉が小さく鳴った。  まだ、息が詰まるみたい。  心臓の音が響く。  指先がまだ震えている。  怖い。  でも——もっと、見てほしい。  普段の、  どこか壊れた私じゃない。  今、  この瞬間だけで、  私の価値を見定めて。 「カイくん」 「へっ?」  MIUはユウキに抱き上げられたまま、  指を差すようなポーズをとった。 「いつもみたいに、  かわいいねって言って、  脚を舐めなさい」  少し声が上ずった。  頬が熱い。  初手なのに言うこと間違えたかも……。  頭の中は一瞬でぐるぐる騒いだ。  それでもMIUは、  必死にカイへ強い目線を送る。  カシャカシャとシャッターが押され、  音が鳴りつづける。  カイが動いた。 「MIU様、かわいいです、大好きです! ワンワン!」  MIUの肩から力が抜ける。  カイくんなら、乗ってくれると思っていた。  MIUは飲み会ノリを想像していた。  しかし、カイは迷うことなく、MIUの網タイツ越しの脚を舐める。 「キャ!……ほんと、じゃなく……てッ」  驚いてカイの方へ手を伸ばすが、  カイはまっすぐに真剣な表情でMIUの目を見ていた。  MIUは、覚悟を決めた。  カシャ―カシャカシャ―と、  シャッター音が鳴り響く。 「ユウキくん、椅子に……なりなさい」  ユウキはすぐに跪き、  抱き上げていたMIUを自身の膝へ乗せる。 「こちらにどうぞ、  俺が女王様を支えます」  カシャ―カシャ―。  カメラのシャッターは続いている。  MIUは最後にレンを見て、止まった。  頭が回らない。  口が言葉を出してくれない。 「女王様……」  MIUが何かを言う前に、  レンは動き出した。 「俺はすべてを差し出しましょう」  レンは腰を落とし、  舌を出してポーズをする。  カシャ―カシャ―カシャ―……  ポーズを取りながら、  レンはカメラの死角で手を滑らせて、  MIUを妖艶に仕上げていく。 「いつだって……  MIUは俺の女王様だぜ」  MIUの全身が痺れる。  脚が震えて、  顔が熱くなって、  瞳が潤む。  レン、  ユウキ、  カイ。  三人の、カメラから隠れた接触。  気持ちよさに、カメラの音が一瞬遠くなる。  そこにいるのは、  いつも通りのMIUだった。  それでもシャッター音は鳴り続けている。  MIUはポーズを取り続ける。  求められるたび、  MIUの中の何かが、  熱を持って形になっていく。  狂った女じゃなく。  みんなに愛され、  みんなを従える、  “女王様”として。  おじさんが興奮した声でシャッターを切りまくる。 「最高! 女王様、このポーズ完璧だよぉ!  次のポーズいってみよう、  彼氏たちに囲まれて、  もっと支配的に……  そうそう、それそれ!」  時間の許す限り、様々なポーズに挑戦した。 「……もっと、撮って。  MIUを……もっと……」 「うおおおっ!  これだよこれ!  これぞ女王様!  生ける支配者だよぉ〜!」  おじさんが興奮した声で笑う。  その言葉に、MIUは初めて、少しだけ嬉しそうに笑った。  最終的に撮れた写真は、  ネオンに照らされ、三人に囲まれながら、  どこか恍惚とした表情で笑うMIUだった。 「当たり前に狂ってて、最高なとこ、ちゃんと撮れたよね」  写真は現像したら送る、  雑誌はユウキに渡す、と約束。 「ギャラはないけど店でおごるから」  おじさんにうまく乗せられたのに気付き、  その後みんなでバカみたいに酒を飲んだ。 「ギャラ用意した方が安くついたなこりゃあ」  おじさんは悔しそうだったが、  笑っていた。  朝方、  MIUは完全にダウンしていた。  レンにおぶられながら、  いつものシェアハウスへ。  現像写真を楽しみに、  愛の巣へ、  あくびをしながら帰るのだった。 第18話 日常の綻び  歌舞伎町の外れ、五階のシェアハウスは今日も賑やかな声を響かせていた。  ミラーボールの光は星空みたいに瞬いて、部屋を華やかにしている。  毎日が飲み会みたいなものだった。  レンが、腹を抱えて笑っている。 「お前それ絶対ちんこみてぇって言おうとしただろ」 「言ってない」 「その顔は言ったようなもん」  カイも横から指す。  MIUは腹を抱えて笑っていた。 「せっかく作ったのに、ぴえん超えてぱおん」 「カイくん、それもう古い」  ユウキだけが真顔だった。 「それは泣いてるのか、それとも象なのか」 「泣きすぎなちんこってこと?」 「「「最低」」」  レンの一言に、三人の声が揃った。  子供みたいな大人たちの笑い声が、夜のシェアハウスに響いていた。  夜は更け、幸福な夜の残り香だけが部屋に残る。  飲みかけの缶。  潰れた煙草の箱。  笑い声だけが、まだ部屋の隅に漂っている気がした。  カイはソファで先に寝落ちしている。  ユウキはシャワーを浴びていた。  MIUは、最初は普通だった。  むしろ少し甘えるみたいに、レンの肩にもたれ、指先で袖を弄んでいた。  そんなのは、いつもの夜だった。  だからレンも油断していた。 「……ねえ」  不意に、MIUが小さく呟く。 「まだ、ある?」  レンは少しだけ黙った。 「今日はやめとけ」  できるだけ軽く返す。  冗談みたいに。  こういうやり取り自体は、珍しくなかったから。  MIUは笑う。 「ちょっとだけ」  レンは返事をしない。 「だめ?」  指先が、レンの袖をそっとなぞる。 「眠れないし……レンくんも、したらいいでしょ」  甘えるみたいな声。  けれど、目だけが妙に落ち着いていなかった。  レンは煙を吐く。 「今日は、やめとけって」  紫煙が、ネオンをぼやけさせる。  短い沈黙。  冷蔵庫のモーター音だけが、やけに大きく聞こえた。 「……なんで?」  MIUは笑っていた。  口元だけ。  目だけが、どこにも追いついていない。 「なんでダメなの?」  レンは答えない。  答えられなかった。 「今ほしいの」 「今いるの」 「苦しいの」 「なんでわかんないの」  言葉が繋がらない。  会話じゃなかった。  溺れるみたいに、MIUの口から零れていく。  レンは反射みたいに抱き寄せた。 「落ち着けって」 「犬じゃないんだから……!  そんなので、落ち着くわけない……!」  細い肩が、腕の中で小さく震えている。 「レンくん……」  掠れた声。 「もっと苦しめって思ってるんでしょ」  責める声じゃなかった。  置いていかれることを怖がる、子供みたいな声だった。 「なんでくれないの」 「やだ……」 「やだぁ……」 「全部嫌なの」  呼吸が崩れていく。  袖を掴む指先に、うまく力が入っていない。  涙で、言葉が途切れていく。  もう、“欲しい”じゃない。  ただ、この苦しさを止めてほしいだけだった。  レンには、それがわかってしまった。  わかってしまったから、動けなかった。  今までは、抱きしめれば少し呼吸が戻った。  キスをすれば、少しだけ笑った。  隣にいれば、眠れた。  でも今日は違う。  何も効かない。  MIUは泣きながら、「ごめんなさい」を繰り返した。 「ごめんなさい……」 「でも、いまいるの」 「私が欲しがったから、ダメだった」 「ごめんなさい」 「ほしい」 「いま、ほしい」  欲しがりながら、謝っている。  言葉が止まらない。  渡すまで終わらないかもしれない。  レンは背中を撫でる。 「どうしたら許してくれるの」 「わざと苦しめてる」 「何したらくれるの」 「もうやだよぉ、死にたいよぉ」  MIUは子供のように泣いた。  その泣き声は、やたらと響いた。  レンの脳裏には『通報』の二文字が浮かぶ。  この状態が長いと、まずい。  歌舞伎町で長時間の泣き声は危なすぎる。 「MIU。声がでかすぎる、抑えて」  MIUは、コントロールの効かないおもちゃのように、 「死にたい」「死にたい」と泣き続けた。 「っ……」  レンは、息が詰まって、背中を撫でる手を止めた。 「俺が先に死ぬから、待てって……」  大事な言葉を、すぐに言ってやることさえできなかった。  また、言った言葉とは裏腹に、気付いてしまった。  俺が死ぬまで待たせるのは、こいつには長すぎるのかもしれない。  MIUが、あんな顔で笑ったから。  救われたみたいに、安心した顔をしたから。  レンの脳は、もう覚えてる。 「この言葉は効く」  最悪だ。  死にたいを止められる言葉じゃない。  今の合言葉は、MIUが欲しい答えじゃない気がする。  だって前、MIUが笑ったのは、“置いていかれない言葉”だったから。  だから、喉の奥で、あの夜の台詞が暴れる。  ──いっしょに死ぬか。俺らも。  言えば、たぶん、MIUは止まる。  泣きながらでも、笑う。  安心する。  でも、それを言った瞬間、本当に、戻れなくなる気がする。  息が詰まる。  レンはMIUが泣くのを、黙って抱き締めることしかできなかった。  結局、させないまま。  泣き疲れたMIUは、そのまま眠った。  レンは、寝れずにソファにいた。  ネオンの光。  煙草の匂い。  キッチンで、ユウキが水を飲む音。  いつもの部屋。  いつもの夜。  なのに、自分だけ戻れない。  戻れないというか、進めない感じがした。  抱きしめてもだめだった。  一緒に寝てもだめだった。  笑わせてもだめだった。  居場所を作ってもだめだった。  四人でいても、だめだった。  レンは煙を吐く。  白い煙が、ゆっくりネオンに溶けていく。  このまま、明日が来るたびに、MIUはまた苦しくなる。  それを想像すると、胸の奥が静かに冷えていった。  もう、何が正しいのか、レンにはわからなかった。 第19話 『いつか』はすぐそこへ  シェアハウスのキングサイズのベッドは、今日も体温といつもの匂いで埋まっていた。  ユウキとカイは先に眠っていて、静かな寝息だけが部屋に漂っている。  カーテンの隙間から漏れるネオンが、天井にぶら下がったディスコボールへ反射して、淡い光の粒をゆっくりと部屋中へ散らしていた。  レンが帰宅したのは、夜明け前だった。  プッシャーの仕事を終えたばかりの身体には、甘い煙と夜風の匂いが染みついている。  部屋へ入った瞬間、バルコニーの扉が少し開いていることに気づいた。  冷たい隙間風が、レースカーテンを揺らしている。  そこに、MIUがいた。  膝を抱え、床に座り込んでいる。  肩を小さく震わせながら、声を押し殺して泣いていた。  足元には、吸い殻。  乾いた蕾の煙だけが、夜の名残みたいに漂っている。 「MIU……」  レンは静かに近づき、その肩にそっと触れた。  MIUはびくりと震えて顔を上げる。  涙でぐしゃぐしゃの瞳が、レンを見つけた瞬間、さらに揺れた。 「……レンくん……」  掠れた声。 「ごめんなさい……生きてて、ごめんなさい……」  レンは何も言わなかった。  ただ、MIUを抱き上げる。  冷え切った身体が、腕の中で小さく震えている。  そのままベッドへ運び、ユウキとカイを起こさないよう、静かに横たえた。  レンは毛布を何枚も引っ張り出して、自分とMIUを包み込むように重ねていく。  頭まで隠せるくらいに。  外の世界を遮断するみたいに。  毛布の下は、二人だけの小さな宇宙になった。  MIUの身体は限界だった。  もともと体力がない。  連日の酒、睡眠不足、終わらない快楽、無理やり気分を引き上げるための『欠片』。  そこに乾いた蕾を追加すれば、落ちるのは見えていた。  上げて、落として、また上げる。  脳も身体も、もう温度差に耐えきれていない。  昔の記憶まで、波みたいに何度も押し寄せてくる。  そして、あの写真。  雑誌に載ったらどうしよう。  親に見つかったら。  全部、終わるかもしれない。  そんな不安ばかりが、頭の中でぐるぐると渦を巻いていた。  レンはMIUの両手を包み込む。  強張って、うまく曲がらなくなった指を、ゆっくり擦るように温めた。 「冷たいな……」  その声は優しい。  でも、どこか少し震えていた。  MIUはレンの胸に顔を埋め、ぽろぽろと涙を零す。 「……わたし……  本当は、一人で消えた方がいいって……  ちゃんと、そう思ってて……」  レンは背中を撫でながら、静かに頷く。 「うん」  MIUは続けた。 「みんなに……  こんな私を、ずっと背負わせたくない」 「レンくんも、  ユウキくんも、  カイくんも、  未来があるのに……」 「私がいる限り、  みんな壊れちゃう」  レンはMIUを抱き寄せる。  冷えた肩を、自分の体温で包み込むように。 「……MIU」  掠れた声。 「みんな優しいから……  レンくんも、“俺が先に”って言ってくれるけど……」  MIUの指が、レンの服をぎゅっと掴む。 「もう……  待つのがんばれないかも……」 「私だけが……  消えれば……」  レンの胸元へ、涙がじわりと滲んでいく。  レンは足を絡めて、冷え切った足先にも熱を伝えた。 「私だけ消えれば、  みんな生きていられる……」  レンはMIUの顔をそっと上げる。  涙で濡れた頬を、両手で包み込んだ。 「お前が一人で逝くことはない」  震える唇を、指先でなぞる。 「俺だけは、お前と一緒だから」  MIUの瞳が揺れる。 「……レンくん……  私なんかのために死ななくたっていいのに……」  レンは毛布の中で、抱き寄せる。  呼吸が混ざる距離で、ぽつりぽつりと言葉を落としていく。 「MIUなしじゃ、俺は生きれない」 「これは、お前のせいじゃない」 「壊すのは俺だ」  レンは、泣き腫らしたMIUの目を見つめる。 「お前を、美しいまま終わらせる」  MIUは小さく頷いた。 「……ありがとう……  レンくん……」  少しだけ、涙が落ち着いていく。 「でも……  みんなには言わないで」  レンは額に口づける。 「約束だ」  レンは硬くなった指を一本ずつ開いて、自分の胸へ押し当てた。 「今は何も考えなくていい」 「俺がわかってるから」  二人はそのまま横になる。  部屋には、ユウキとカイの寝息だけが静かに響いていた。  少しずつ、MIUの震えが収まっていく。  レンは毛布を少しずらして、息がしやすいように顔だけを外へ出した。  泣き疲れて眠ったMIUの顔へ、ネオンの光が淡く落ちる。  レンはその顔を見つめていた。  優しさと、悲しさと、覚悟だけを残した目で。  もう、全部知っている人間の目だった。 第20話 同じ沼へ  バルコニーから朝の光が柔らかく降り注いでいるのに、空気は冷たく乾いている。  今朝のシェアハウスは、すでに静かだった。  カイはキッチンでコーヒーを淹れていた。  いつもヘラヘラと笑っている顔が、今日は青白く、どこか疲れ切っていた。  キングサイズのベッドには、今はユウキ一人だけだった。  コーヒーの苦い香りがリビングから漂ってきて、ユウキのまぶたが、ゆっくりと開く。  長身の体をゆっくり起こし、ベッドの端に腰を下ろしたまま、ぼやけた視界でキッチンに目を向ける。  虹色の髪の毛は、滲んだ視界でもすぐわかった。  軽くからかうつもりで口を開きかけた。 「珍しく早いな、カイがコーヒー淹れてる」  そう言おうとして、メガネをかけた瞬間、カイの肩が小さく震えていることに気づき、言葉を飲み込んだ。  カイはカップを置いて、ゆっくりと振り返った。 「……ユウキくん、おはよう」 「ん……何あった?」 「うん、たまにあるやつ」 「そうか……。MIU、やばそうだったか」 「……さっきレンくんが、病院つれてった」  ユウキは頭を軽くかきながら、部屋を見渡した。  いつも通り散らかった部屋には、確かに二人の姿がない。 「……そうだったか。気付かなかった……」 「とりあえず今日は点滴だけだと思うって」 「起こしてくれたら、俺が行ってもよかったのに」 「今日もBARあるでしょ? 寝かしといてやれって」  カイの声は掠れて、目が赤く腫れ始めていた。  ユウキはメガネを指で押し上げて、ぼんやりとキッチン側を見つめる。 「そうか……」  ユウキは、大きく息をついた。 「……ユウキくん。ちょっと、話していい?」  ユウキは黙って立ち上がり、ベッドのシーツを軽く払って、ソファに移動した。  カイもソファに行き、隣に腰を沈める。  視線を床に落としたまま、ゆっくりと話し始めた。 「俺さ……MIUちゃんに、言えないことがあって。  それを、ずっと、ごめんって思ってて。黙ってるのも罪悪感すごくて」  声が震えている。 「レンくんが、あの……欠片を炙って、MIUちゃんもなんか、いろいろ一緒にやっててさ。笑ってるし……楽しいならいいかなって思ってた。どんなMIUちゃんでも、好きだし」  カイは、ユウキの顔が見れないまま続けた。 「でも最近、目が死んでる時があるじゃん」 「……あるな」 「……何回も止めなきゃって思ったけどさ、MIUちゃん笑ってるの見たら、何も言えなくってさ」  カイの指がカップの縁を強く握り、関節が白くなる。 「この生活、最高だし、好きだし、大事だし。壊したくない。  でもMIUちゃんが、このままさ……」  言葉が、そこで途切れた。  ぽろりと、涙がこぼれた。  ユウキは静かに手を伸ばし、カイの背中を撫でた。  長い指が、優しく、でもどこか力なく滑る。  ユウキは少しだけ視線を落とした。 「……俺も、気づいてた。前みたいに倒れなくなったが……どっちにしろ過剰摂取だって」  ユウキの声は低く、落ち着いていたが、わずかに震えていた。 「レンに任せてた。『レンが一番MIUのことわかってる』って。  そこには触れずに、安全圏にいた。  カイがそこまで悩んでたのは……気づけなくてごめん」  カイが顔を上げ、ユウキを見た。  いつもヘラヘラしている目が、今は真っ赤で、でもどこか決意に満ちている。 「俺……皆で一緒にいない未来、考えれない」  カイの声が、少しずつ強くなった。 「MIUちゃんがいなくなったら、俺、生きてけないと思う。  でもこのままじゃ、MIUちゃんが……どうしたらいいかわかんなくて……」  ユウキは少し間を置いて、静かに息を吐いた。 「……カイはすごいな。気持ち、伝わるよ」 「でも、俺が好きでも、MIUちゃんが、辛くなくなるわけじゃないし……」 「……でも、それくらい覚悟があるなら。  辛い気持ちを聞いてやれるとこくらいまでは、いけるかも」 「どういうこと?」 「……今は、MIUの症状がどれくらいやばいかわからないだろ?  MIUはしんどい時、俺達には言わないから」  カイは目を伏せて、息を吐いた。 「……うん」 「……だったら、MIUが言える状況を作ればいい」  カイの目が、わずかに揺れた。 「レンに、俺たちも『やる』って伝える。  俺だって調べたよ。でも勉強したところで、共有してるわけじゃないから……。  明らかにレンへの心の開き方は違うだろ?」 「……うん」  カイは顔を上げて、真剣な顔でユウキを見つめる。 「MIUの体がどういう感じなのか、痛みとか、渇望とか……同じ沼に浸かれば、少なくとも他人事じゃなくなる。MIUに、今日はお互いしんどいねって、言ってやれる」  ユウキの視線が、カイをまっすぐ捉えた。 「……でも、この生活が破綻するリスクはある。本当に実行したら、MIUは心を開いてくれるかもしれないが……捕まるとかも、ありえる。あとは……それを踏んでも、MIUのそばにいる覚悟があるかだ」  カイの瞳に、ゆっくりと光が宿った。  震えていた肩が、ぴたりと止まる。 「……ある」  カイの声は、静かだったが、揺るぎなかった。 「それで、MIUちゃんとずっと一緒に笑えるなら、やる。  どんな沼でも、一緒に浸かるよ。それが、俺たちだもん」  カイがユウキの手を強く握った。  指が絡まり、熱が伝わる。  カイは濡れた目の周りを、袖で雑にぬぐった。 「話聞いてくれてありがとう、ユウキくん」  カイは先程とは打ってかわったように、勢いよく立ち上がった。  ユウキも続いて立ち上がり、カイの肩に手を置いた。 「……もちろん、俺もやるつもりだ」  カイは、それを聞いてユウキの方を振り返り、心強そうに笑った。  遠くで、歌舞伎町のネオンがまだついている。  救急車の音が、かすかに聞こえていた。 第21話 禁断のシェア  今夜のシェアハウスは、息を潜めているようだった。  窓から差し込む歌舞伎町のネオンが、リビングの床に長い影を刻んでいる。  ベッドから、MIUの浅い寝息が、かすかに聞こえてくる。  点滴の後の疲れと、病院の消毒や薬の残り香が、部屋全体にゆっくり広がって、空気を重く、湿らせている。  カイとユウキはリビングのソファに座ったまま、動かない。  空気が、重い。  レンが引戸を開ける音が、静寂を切り裂くように響いた。  レンはゆっくりとリビングへ近づいて、コンビニ袋をテーブルの上に置く。  ジャケットを脱ぎ、ビーズクッションの上へ放り投げる。 「……MIU、寝た?」  ユウキが静かに頷く。 「はや。まぁ今日、点滴長かったからなー」  レンは空いてるビーズクッションに腰を沈める。  少しの沈黙。  ネオンが、メガネのレンズに冷たく反射する。  やがてユウキが口を開いた。 「レン」 「ん?」  部屋が静かになる。  ベッドの方から、MIUの寝息だけが聞こえていた。 「今日、カイと朝、話してたんだ。  MIUの調子が悪い日が多いこと」 「あぁ、そうだな。最近は特に」  ユウキは続ける。 「季節の変わり目は元々弱そうだったが……  レンはどう思う? 精神的なものだけだと思うか。  それとも……他に何かあるか」 「……」 「今日は病院で何か言われたりしなかったか?」 「いや、特には」 「じゃあ……やっぱり、二人がやってる秘密が原因か?」  レンの眉が、ぴくりと動いた。 「……なんだよ。言いてぇことがあるみたいだな」 「先に確認したいんだ。MIUが今辛いのは、それのせいか」 「だったらなんだよ。止めようってのか?  MIUがここまでもってんの、何のお陰だと思ってんだよ」  レンは声を落としたまま、凄む。  カイは怯えたまま固まり、ユウキはまっすぐ見つめていた。 「ちがう。原因がそれなら……俺たちもやる」 「……は?」  レンは目を見開いた。 「MIUの調子がこのままなら、ちゃんと分担するべきだ。  やりすぎないように……君の指示に従う。負担も減らせるはずだ。どうだろうか」  レンは少し俯いたまま、小さく笑った。 「……本気か」  カイが半べそになりながら、強く頷く。  声が震えていた。 「MIUちゃんだけ危険な場所に置きたくない。  みんなで、一緒に……!」  レンはしばらく黙っていた。  それから、ゆっくり口を開く。 「あれは強いよ」  静かな声だった。 「生活、壊れる」  それだけ言って、レンはカイを見る。 「お前、美容師続けられなくなったらどうすんの」  カイの顔がみるみる歪む。 「この部屋とか、MIUの飯とか、服とか」  カイの目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。  半べそが、本格的な泣き顔になる。  レンは少しだけ目を細めた。 「……でもさ」  その声だけが、やけに優しい。 「別に、方法は他にもある」  ユウキが視線を上げる。 「XTCなら、どうだ」  レンは軽く肩を竦めた。 「クラブでよく回ってるやつ。まぁ……愛情増幅剤みたいなもん」  カイが涙を拭きながら、レンを見る。 「……MIUちゃんと、同じ景色、見れんの?」  レンは笑った。  さわやかな、いつもの笑顔で。 「見れるよ」  部屋に短い沈黙が落ちる。 「明日、クラブ行こうぜ」 「クラブ?」 「言ったろ? クラブでよく回ってるって」  レンは声を落として、からかうように言う。 「相性最高。MIU絶対喜ぶぜ。  めっちゃ気持ちよくなって、踊ってるあいだに天国行けるぜ」 「そんなに?」 「ハッ、やばいから違法なんだろ。どうすんだ? 行くか?」  カイは勢いよく頷いた。 「行く!」  涙声のまま、何度も頷く。 「行くよ、俺……!」  ユウキも静かに息を吐く。 「わかった」  レンは立ち上がる。 「じゃ、決まりな」 「レン、頼むな」  ユウキは、まっすぐな目でレンを見る。 「信じろ。せっかくだから楽しめ」  レンの言葉に、少し安堵の空気と、緊張と、覚悟の匂いがした。  レンがキッチンへ向かう背中を、ユウキだけが静かに見ていた。  レンは冷蔵庫を開けながら、心の中で小さく呟く。 (MIUは俺と逝く)  冷蔵庫の白い光が、レンの横顔だけを照らしている。 (これは、その前夜祭だ)  ベッドの方から、MIUの寝息が聞こえる。  レンはゆっくり目を閉じた。 第22話 幸せの津波  歌舞伎町のど真ん中。  四人は暗い階段を下っていく。  扉をあけると、まばゆい光が射し込み、目をくらませる。  そこは、煌びやかで密度の高い熱気が満ちていた。  床が虹色のライトで脈打ち、重低音が体の奥まで響いてくる。  XTCが回り、MIUの世界は少しだけ形を変える。  ネオンは滲み、人の輪郭はやわらかく揺れて、時間だけがゆっくり流れているみたいだった。  レンのピンクジャケットの裾を掴みながら、MIUは熱に浮かされたように笑う。 「……レンくん。  MIU、変になっちゃったかも。  ……なんか、全部気持ちいい……」  レンは笑って、その腰を引き寄せた。 「じっくり味わえよ……お前の体、今すげえぜ」  四人はフロアの人混みに飲まれていく。  ユウキが噂のロボダンスを続けながら、MIUの背中に微かに触れる。 「アッ……」  ユウキは、その反応に微かに笑う。  首筋に息を吹きかけた。  MIUの体がビクンッと跳ね、甘い声が漏れる。 「キャ……ユウキくん、ダメ……イッちゃう……」  カイは、ゴクッと生唾を飲み込んだ。  低音に合わせて自信のステップでMIUの横に滑り込む。  MIUの頰にそっと触れる。  それだけでMIUはピクンと小さく反応し、カイの鼻の穴がヒクつく。 「……MIUちゃん、俺も……触っていい?」  MIUはすでに涙目で、カイを見上げコクッと頷いた。 「……触って……私、全部感じたい……」  カイの指が鎖骨をなぞると、MIUの体は段々と、しかしすぐに熱く蕩け、腰の動きは重低音に引っ張られる。  グルーヴに濡れ、疼きが全身を駆け巡る。 「あぁっ……!!」  甘い悲鳴は爆音にかき消される。  XTCの波がピークに達した時には、  MIUの肌は熱く敏感で、感じたことのない刺激に包まれていた。  指一本で電気が走るように全身が震えた。  レンはMIUの腰を撫であげ、耳元で低く囁く。 「ほら……感じろよ。欲しいだろ」  ユウキの指が太ももをなぞる。  カイの髪が頬を掠める。 「……もっと……ッほしい……」  MIUはスポットライトに包まれて、体が溶けそうで、足は力なく絡みつく。 「みんな、愛してる……溶けちゃう。……溶けちゃうよぉ」  涙で滲んだ視界の向こう、ミラーボールが虹色に砕ける。  スピーカーの低音が腹の奥を揺らしていた。 ── ダンスフロアーに華やかな光。  僕をそっと包むようなハーモニー。  古いスピーカー越しの甘い歌声が、熱を帯びた空気に溶けていく。  ユウキが肩を抱き、レンが頬へ触れ、カイが泣きそうな顔で笑って「好き」と繰り返す。  スポットライトの下で、MIUは崩れるみたいに笑った。  その泣き顔に、ユウキも、カイも、レンも、理性を煽られていく。  フロア中の熱気が、四人を飲み込んでいた。  ブギー・バック、シェイク・イット・アップ。  神様がくれた、甘い甘いミルク&ハニー。  音楽とネオンと熱に溶かされながら、四人の距離は少しずつ零になっていく。 「今……死んでもいい……みんなと一緒なら……幸せすぎて……死にたい」  泣きながら、MIUは笑っていた。  レンはその頬を撫で、静かにキスを落とす。  MIUは、今まで感じたことのない幸福に包まれていた。  レンが爪を立て、猫にするように撫でる感触がぞわぞわと皮膚の上を走り……。 「ああああっ!!」  出したことない喘ぎが喉から飛び出すが、フロアの重低音がすべて飲み込んでくれる。  ユウキの長い指が、カイの虹色の髪が、レンの距離が。  脊髄を震わせ、脚の力をなくし、中はヒクつき、内腿は熱く濡れ、頬を染めて、鼻に熱が通って涙が溢れる。  肌と肌が擦れ合うたび、 「ああっ……! さわって♡ さわって♡  もっともっともっともっと♡」  頭の中はピンク色に塗りつぶされ、死にたいという絶望は跡形もなく消え、すきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすき……♡  ループが止まらなくなる。  MIUは涙目で三人を見上げ、震える声で応えた。 「みんな……触って……私、今……全部感じてる。  ……みんなの体温……みんなの息……全部、愛してる」  レンは満面の笑みでMIUに顔を寄せ、耳元で囁く。 「……好きなだけ感じろ……全部お前のもんだ」  レンはMIUの腰に合わせて腰を振り、ユウキは静かに微笑み、首筋に吐息をかける。  カイは生唾を飲み込んでMIUに指を絡める。  虹色の津波が何度も押し寄せて、MIUの体がふわっと浮き上がり、腰が勝手に反り返って蜜を噴き出す。  太ももの裏がじんじん痺れて、爪先まで甘い波が伝わって、レンくんたちに全部預けて、幸せで溶けて消えたくなる。  MIUは今までにない笑顔で笑い、どんな夜よりも涙が溢れた。 「今……死んでもいい……みんなと一緒なら……幸せすぎて……死にたい……♡  レンくん……ユウキくん……カイくん……溶けちゃうくらい、愛してる……!」  爆音の中で、叫び続ける。  名前を呼ぶたび、胸の奥が熱くなる。  ネオンが四人の影を虹色に染める。  触れ合う体温。汗ばんだ肌。  爆音の向こうで混ざり合う笑い声。  その全部が、“生きてる”って感覚だった。  フロアのネオンが虹色に滲み、ビートは永遠に終わらない。  やがて、MIUの体から力が抜けていく。  その場にへたり込みそうで、みんなの腕に支えられた。  息が浅く震え、視界の端が虹色に霞んで、すべてがゆっくり、優しく、溶け合っていく。  そしてまた離れ、そして近づき、彼らは幸せの音の中へ。  ユウキとカイが少し離れたのを見て、レンはMIUの腰を力強く引き寄せた。  体が密着するほど抱き寄せられ、わずかな触れ合いで焦らされた敏感な体に電流が走る。 「……はぁ……んんんっ!……レンくんっ!」  レンは目を細め、MIUの唇をむさぼるように奪った。  MIUは脳が爆ぜて、体は熱く波打って、痺れ、蕩ける。  快楽に耐えられず、レンの胸にすがりつく。 (……あぁ、幸せで溶けちゃう……♡)  レンは、キスの間中、MIUを見つめていた。  フロアで誰よりも脚光を浴びていたこの女は、今日は確実に、俺だけの女だ。  レンが口を離した時には、見たことないほど幸せな顔をした女神がそこにいた。 「もう限界だろ? ……連れてってやるよ」  低い声で囁き、MIUを軽々と持ち上げる。  MIUはレンにしがみつき、熱い吐息が彼の耳元で震える。 「レンくん……熱い……レンくんが、ほしいよ……」  ユウキとカイが気づいた時には、もう遅かった。  人混みが道を消し、爆音で踊り狂う。  レンはMIUを抱え、フロアの端の暗い通路へ滑り込む。  爆音とネオンが遠ざかるほど、MIUの息がどんどん熱く乱れていく。  トイレの扉が強く閉まる音と共に、レンは熱いキスの波でMIUを壁に押し付けた。  MIUは激しく喘ぎ、膝を震わせる。  レンはMIUの腰を強く引き寄せ、すでに意味をなさなくなった濡れた布切れを剥ぎ取っていく。 「……俺の全部を感じさせてやる」  滾るレンに圧され、MIUはとっさに壁に手をつき、涙目でレンを見上げる。 「……ぐちゃぐちゃに……溶けたいよ、レンくん……っ。  レンくん! ……レンくんがほしい……ッ。大好きッ」  MIUの待ち焦がれた場所へ、一気に熱い衝撃が突き抜ける。  頭の中で星が爆発し、視界が煌々の粒子で埋め尽くされる……。  まるで熱い海に沈んだように、すべてが溶け合う。  レンは貪るように唇を重ねた。 「MIU……人生で一番甘く溶かしてやるよ」  MIUの体は何度も何度も突き上げられ、壁に縋る。  MIUの絶望は愛の波に完全に飲み込まれて、毎日がこんなだったら、生きていける気がした。  二人の体が同期して震え、幸福が波のように連続で押し寄せる。  レンの熱がMIUに移され、すべてが虹色に輝いて、溶け合っていく……。  フロアの爆音は、もう聞こえない。  ここにはただ、二人の熱い息遣いと、甘い雫が落ちる音だけ。 第23話 順番待ち  ライブハウスの裏口を出た瞬間、ネオンの残光が、二人の汗を淡く照らして揺れた。  まだ肺の奥に残る、甘い余韻。  MIUの体にたまった熱が、冷えた空気に拐われていく。  レンの指は震えながらも、彼女の指を強く絡めていた。 「……裏切っちゃったね」  小さく笑うように言うMIUに、レンは静かに頷く。 「……駆け落ちみたいでさ、ちょっと、いいだろ」  逃げ込むように、五階の、あの部屋へ帰る。  鍵をかける音が、やけに重く響いた。  申し訳程度のチェーンをかける。  止められたら、それも運命。  そう思っていたかもしれない。  ベッドのそばには、準備してあった家庭用サイズのボンベ。  レンはしばらく黙ったまま、それを見つめていたが、ふと何か思い出したように、小さく笑った。 「そうだ」  クローゼットの奥を漁り、透明な袋を取り出す。  中には、まだ膨らませていないパステルカラーの風船がいくつか入っていた。  ピンク。  薄紫。 水色。  クラブ帰りの熱に浮かされたまま、レンはボンベを繋ぎ、ひとつだけ風船を膨らませる。  ゆっくりと丸くなっていくそれを見て、MIUが、少しだけ目を丸くした。 「……それ」 「ん?」  レンは笑う。 「怖くねぇかなって」  その言葉に、MIUはきょとんとしたあと、小さく吹き出した。 「……こどもみたい」 「うるせぇよ」  ふわり、と手を離された風船が、天井近くまで浮かび上がる。  ネオンの光を反射して、淡いピンクとも紫ともつかない色に揺れていた。  天井に当たるたび、きゅ、きゅ、と小さな音を立てる。  MIUはしばらくそれを見上げていた。 「……かわいい」  その声は、もう半分、夢の中みたいだった。  レンは目を伏せる。 「あとは、タイミングだけだ」  MIUは静かに、手に取った。  頭にかぶる。  その姿が、あまりにも遠くへ行ってしまいそうで。  レンは思わず、それを外していた。 「……MIU」  声が、かすれる。  次の瞬間、二人は引き寄せられるように唇を重ねた。  吐息が混ざる。  甘い残り香と、濡れた温度が、互いの奥へと染み込んでいく。  触れるたびに、確かめるように。  離れないように。  やがて二人は、そのままベッドへ沈んだ。  指先が触れた瞬間、MIUの体がわずかに震える。  熱を帯びた内側が、まるで待っていたみたいに、ゆっくりと開いていく。  レンは息を止めたまま、彼女の温度を確かめるように、静かに身を重ねた。  押し入るというより、受け入れられていく感覚だった。  奥へ。  奥へ。  二人の境界が、少しずつ曖昧になっていく。  小さく揺れるたび、内側が応えるように収縮して、そのすべてを覚えていくみたいだった。  吐息が重なる。  浅く。  深く。  何度も繰り返しながら、ただ、この瞬間を刻むように。  急がなかった。  終わらせないために。 「……気持ちよくなりすぎてさ……また、明日が来ちゃいそう」  MIUの声が、かすかに笑う。  その言葉に、レンの胸がわずかに締めつけられる。  終わるために、ここにいるのに。  それでも体は、離れることを拒むみたいに絡み合う。  再びかぶったMIUの顔は、薄いヴェール越しに柔らかく霞んで見えた。  ネオンの残光が、その輪郭を優しく縁取っている。  ゆっくりとヴェールの中へ満ちていく。  天井では、あの風船がまだ揺れていた。  きゅ、  きゅ、  と、小さな音。  まるで、遠い部屋で誰かが笑っているみたいだった。  二人の境界は、もう曖昧だった。  どこまでが自分で、どこからが相手なのか。  確かめる術すら、なくなっていく。  触れているのか、溶けているのか、その違いすら意味を失って、ただ、ひとつの温度だけが残った。  すべてが、やわらかくほどけていく。  MIUの意識が、ふわふわと浮き始める。  視界の端で、パステルカラーの風船が揺れていた。  泡みたいに軽く、夢みたいに遠い。  頬がくっつくほど近くに、王子さまみたいな顔がある。  レンくんがいるから、大丈夫。  そう思うだけで、心があたたかくて軽くなる。  肺は満たされ、体がふわっと浮き上がる。  視界の端が、優しく溶け合っていく。  このヴェールの中だけは、すべてが軽く、甘く、永遠に浮かんでいる気がした。  ……誰?  ……レンくん……?  違うの?  でも、やさしい。  ああ、そっか。  みんな、ここにいるんだ。  泡のきらめきの中で、愛だけが満ちる青い世界。  すべてが、優しく、遠くなっていく――。  ……  しばらくの間、レンは動かなかった。  ただ、抱きしめていた。  もう、返ってこない体温を。  ヴェールをずらすと、その表情は、まるで眠っているみたいに穏やかだった。  少しだけ、笑っているようにも見えた。  レンはゆっくりと、MIUのはだけたドレスを直す。  それから、冷たくなっていく体を、もう一度強く抱きしめた。  瞬きをすると、目の前がぼやけていることに気付いた。  レンは目を閉じる。  それでも、涙はこぼれた。  堪えていたものが、崩れる。  喉の奥が詰まり、小さな嗚咽が漏れる。  その瞬間、レンはMIUを抱きしめたまま、子供のような声で泣いていた。 「待ってろ……すぐ行くから」  うまく言葉にならないまま、それでも何度も繰り返し、かぶり直す。  震える手で、バルブに手を伸ばすが――。  うまくいかない。  ただ、もう一度強く抱きしめた。  その瞬間――。  ガチャン!  ドアの外から、いつも聞いていたあいつらの声。 「チェーンかかってんぞ、なんだよ! もう!! MIU! MIU!!」 「待て、大丈夫だ」  ガチャガチャと音がして、バチンッと何かが切れる音。  ドアが勢いよく開く。  ベッドの上。  レンと、抱きしめられたMIU。  そして、天井近くで揺れている、たったひとつの風船。  きゅ、と小さく鳴る。  ユウキとカイは、数秒、何も理解できなかった。  次の瞬間、二人は駆け寄っていた。  急いで剥ぎ取る。  レンはMIUにしがみついたまま、子供みたいに泣きじゃくっていた。  すべてを理解するのに、時間はかからなかった。 「……遅かった」  ユウキの声が、掠れる。 「やったのか……」  カイがレンの胸ぐらを掴む。 「おい、レン!!」 「なんでだよ!!」  何を言われても、レンは答えなかった。  ただMIUを抱きしめたまま、声を枯らして泣き続けていた。  やがてカイの手から力が抜け、その場へ崩れ落ちる。  誰も動けなかった。  部屋には、泣き声だけが残った。  どれくらい時間が経ったのかも、もうわからない。  レンは嗚咽を噛み殺しながら、外されたそれに手をかける。 「俺も――」  その瞬間、カイが反射みたいに手を伸ばした。 「……誰か残れ」  短い言葉だった。  でも、やけに重かった。 「MIUは……きれいなまま終わらせる」  カイは崩れ落ち、ユウキは、ただ見つめている。  レンは涙をぬぐい、もう一度かぶる。  今度は、迷いなく。 「できるのか? レン……」  ユウキの半信半疑な目が震えている。  レンは少しだけ笑った。 「早くいかねぇと、あいつまた死にてぇとか言い出すからな」  いつもの調子だった。  それが逆に、痛かった。  レンはMIUの体を引き寄せる。  冷たくなり始めた指先が、腕の中で静かに沈んでいる。  一瞬だけ、レンの呼吸が止まりそうになる。  それでも、離さなかった。  心臓の音だけが、嫌になるほど身体に響いて苦しい。  体が生きようとして、固くなってMIUにすがりつく。  MIU MIU MIU MIU……!  この恐怖すら、彼女に会いに行くだけだと。  MIUがすべてをかき消してくれる。  絶対に誰にもついていくなよ、俺と一緒じゃなきゃ意味ねぇんだから……。  ユウキは力なく、そんなレンを見ていた。  泣き崩れていたカイが、勢いよく立ち上がり、MIUへ抱きつく。  それを見て、ユウキも必死で腕を伸ばした。  あぁ、一緒にいってやれなくてごめん。  MIUが先にいったのは俺らへの裏切りだが、いけなかった自分はもっと大裏切りだ。  でもMIU、愛してたんだ。  誰もがそう思ってた。  俺が一番MIUを愛してたって―― 第24話:後日談・残された人  夜中。  パトカーの赤色灯が、向かいのマンションの壁をゆっくりと染めていた。  マンションの前に救急車が止まっていて、担架が運ばれていく。  白いシートの下からはみ出た黒色の髪が、少しだけ見えた。  ……  また沈黙が落ちる。  時計の音だけが、やけに部屋に響いていた。  ユウキはぼんやりと、この先のことを考えようとしていた。  部屋。  荷物。  警察。  仕事。  考えなきゃいけないことは、山ほどあるはずなのに、頭がまるで動かない。 「……MIU、幸せだったのかな」  カイの声が震える。  何度泣いても、涙が止まらないみたいだった。  ユウキは目頭を押さえ、静かに息を吐く。 「幸せだったと思う」  それだけ言って、少し黙る。 「……生きてたら、“あの時死んでおけばよかった”って思う日が、また来てた気がする」  カイは俯いたまま、肩を震わせた。 「俺……死ねなかった」  掠れた声が、部屋に落ちる。 「一緒に行けたかもしれないのに……怖くて、できなかった……」  ユウキは少しだけ近づいて、カイの肩に手を置く。 「それは俺も同じだ。あんまりいじるなよ……」  その声も、もう限界みたいに掠れていた。  ふたりはまた黙りこくっていた。  この時間を、どこで終わらせたら良いかわからないまま。  今日のことはうっかりなかったことになって、クラブで、赤と青のスポットライトの中、輝くMIUの隣で目を覚ませたら、と。  このまま今は、このシェアハウスの、いつものビーズクッションの上で、歌舞伎町の町並みを眺め、今日を終えようと。  自分たちにはもうそれ以外できない、と。  ここは、四人にとって、当たり前に狂ってて、最高の場所だった。  部屋に残った風船が、最後のネオンの光に照らされて、ゆっくりと床に落ちる。  誰も手を延ばさなかった。 第25話:後日談の後日談・カイのモノローグ  MIUとレンが逝ったあと、しばらくはバタバタしていた。  何が現実で、どこまでがあの夜の続きなのか、よくわからなかった。  ピークはなんとか乗り越えた、と思う。  そう思わないと、やっていけなかっただけかもしれないけど。  今は、新しい生活に順応しつつある。  ……たぶん。  あの後、どうなったかというと、俺とユウキくんは、ふたりでシェアハウスを続けることにした。  ただ、今まで三人で割ってたあの部屋の家賃を、二人で賄うのはさすがに厳しくて、結局、引っ越すことになった。  今までだって一緒に暮らしてきたし、場所が変わっても問題ないと思った。  それに、一人で暮らすには歌舞伎町の家賃は高すぎた。  その選択のおかげで、今も美容師の仕事は続けられているし、ユウキくんも変わらずバーテンダーをやっている。  全部捨ててどこかへ行く、みたいなことは、現実的じゃなかった。  ……というか、できなかった。  あのシェアハウスは、元々洗濯機がなくて、一階のコインランドリーで洗濯していた。  引っ越すなら、そういうのもちゃんと考えなきゃな、とか、引っ越し費用どうしようとか、酒の量を減らさなきゃまずいか、とか。  そういう現実のことを考えていると、逆に少しだけ楽だった。  何も考えないと、あの夜に戻りそうになるから。  そんな中で、レンのタンス預金が見つかった。  キッチンの「悪いものゾーン」に、まぁまぁいい額の現金が隠されていた。  封筒には、たった一言。 『やるよ』  ……最後まで、どんだけカッコつけたいんだよ、あいつは。  ユウキくんと顔を見合わせて、ちょっと笑って、ちょっと泣いた。  結局、それは引っ越し資金にさせてもらった。  あの部屋は、解約した。 『大島てる』に載るのかな、とか思って、もし載るなら、誰も借りなきゃいいのに、なんてことも考えた。  悪いものゾーンの中身は、全部警察が持っていった。  俺らも尿検査とか、いろいろあって、その時は「もう終わりだ」と思ったけど、結果は陰性だった。  俺はなぜか食い下がって、「踊ってる最中ずっと勃起してたんで、そんなはずないです!」とか言って、変な空気になった。  結局、俺らが飲まされたのは、ただのED治療薬だったらしい。  どこまで裏切れば気が済むんだよ、って思ったし、同時に、そこまで計算してたのかよ、って思った。  ……やっぱり、おまえすげぇよ、レン。  一瞬だけ、「MIUちゃんが選んだ男だもんな」って言葉が浮かんだ。  でも、それを口にすると、何かが壊れそうで、そのまま飲み込んだ。  そんな感じで、いろいろあった。  本当に、いろいろ。  今日は、ユウキくんの職場のBARに、あのカメラマンのおっちゃんが来るらしい。  出来上がった雑誌を持ってきてくれるって。  ちゃんと報告しないとな、って、ユウキくんと話していた。  店に来たおっちゃんは、いつも通りの調子で、「MIUちゃん今日は来ないのぉ?」って言った。  そのあとに、あの話をするのは、思っていたよりもしんどかった。 「そうだったのか。つらかったね」  そう言って肩をさすられたとき、不意に、涙が出た。  ユウキくん以外、こうやって労われること、なかったから。  おっちゃんは、一人一冊って言いながら、四冊持ってきてくれていた。 「二冊は保存用にしますから!」  なんて言いながら、俺らは二冊ずつ受け取った。  その場でページを開く。  自然と、あの見開きへ手が伸びた。 『さすがは歌舞伎町、三人のイケメンを従える本物の女王様が存在する!?』  ネオンの中で、MIUが笑っている。  胸元にはレンの手、腰には俺の手、背後でユウキくんが腕を組んでいる。 「MIU、怒るだろうな」  ユウキくんが、ぽつりと言う。 「別にSじゃないし、これじゃウソだって」  俺は、少しだけ考えてから、言った。 「……いや、喜ぶだろ」 「“私が女王様になった日じゃん”ってさ」  本当は、少し違うと思っている。  こんなの、MIUちゃんじゃない。  でも同時に、これもMIUちゃんなんだと思う。  俺たちが見ていたMIUちゃんと、他人が見ていたMIUちゃん。  そのどっちも、本物だったのかもしれない。 「……ほらな」  ユウキくんが、小さく笑った。  ありがとう、おっちゃん。  これ、宝物にするわ。  俺とユウキくんの日常は、もう当たり前に狂えなくなった。  でも、狂ったMIUとレンと、ちょっと狂ったユウキくんと、そして、たぶん一番どうでもいいところで狂ってた俺。  四人で過ごした時間は、本当に、どうしようもなく最高だった。  ……なのにさ。  たまに思うんだよ。  なんで止めなかったんだろうな、って。  なんで、あのとき行かなかったんだろうな、って。  なんで、二人だけで行かせたんだよ、って。  答えなんて、出ない。  出るわけがない。  指で、もう一度ページをめくる。  ネオンの真ん中で、MIUが笑っている。  あの夜は、終わったはずなのに、まだ、どこかで続いている気がする。  四人で生きて、二人が死んで、二人が残った。  それでもきっと、あの夜を、俺はまだ生きている。 SPECIAL EDITION: STREET SCOUTING 2026.05.13 02:30 File.033: さすがは歌舞伎町、3人のイケメンを従える本物の女王様が存在する!? ~嫉妬をも越える究極の支配~ 取材・文・撮影: 某サブカル雑誌編集部員K 【Prologue:夜の街の支配者】 「彼女の名前はMIU。 歌舞伎町の一角で、三人の男と暮らしているという。 “ポリアモリー”という言葉で説明するのは簡単だ。 だが実際に彼女を前にすると、それだけでは足りない。 三人の男は、まるで彼女の騎士のように寄り添っていた。」 【Main Visual:歌舞伎町の中心で】 (見開きページ全面:ネオンが滲む歌舞伎町の路地裏。中央に堂々と立つMIU。彼女の胸元にはレンの手が添えられ、腰をカイが抱き寄せる。その後ろで、ユウキが腕組みをしてクールに佇み、カメラを射抜いている) 「夜の街の中心で、彼女は笑う。」 【Chapter 1:常識を置き去りにする4人】 (サブ写真①:MIUが不敵な笑みを浮かべ、スカートの裾を少し持ち上げる挑発的なカット) 「挑発か、それとも余裕か。彼女の周りでは“常識”が意味を失う。」 すべては彼女の美貌が引き寄せたことか。 それとも、抗えないサディスティックな気配があったのか。 彼女が望んだわけではない。 男たちが、自ら差し出したのだ。 その姿は、支配というより―― ただ静かに、すべてを握っているようにも見えた。 【Chapter 2:女王様、独占インタビュー】 ――いつからこんな関係に? MIU:「みんなばらばらで、揃ったのは1年半くらい前です。最初(レン)が拾ってくれて、そのあと(ユウキ)。最後に(カイ)も来て……」 ――誰がきっかけでこの関係がスタートしたんですか? MIU:「(……首を傾げ、記憶を辿る様子を見せるが、本人はあまり把握していないようだった)」 【記者の視点:明かされる“告白”の裏側】 後ほど、レンに話を聞くと、ユウキの彼女への告白がきっかけになったらしい。 それを機に、三人で関係を続けるという選択をしたのだという。 彼女の状態を気遣っての判断だった、とも語っていたが、どこまでが本心なのかは分からない。 かつては互いに牽制し合う関係だった二人が、今では同じ場所に立っているのは確かなようだ。(なお、この経緯は彼女本人には伝えられていないとのこと。本誌を通して知ることになる可能性もあり、その時に関係性がどう変化するのか、興味深いところだ。) レンは「どこか似ている部分があった」とだけ静かに語った。 彼女の抱える孤独を理解できた、という言葉もあったが、それがどの程度共有されているのかは不明である。 【Chapter 3:最後の一ピースと、新しい共同体】 最後の男、カイは歌舞伎町の路上で彼女に声をかけたことが始まりだったという。 当初は他の二人と衝突もあったようだが、現在は関係の一員として受け入れられている。 年下という立場もあってか、どこか甘えた様子で、本人もそれを楽しんでいるようだった。 また、この関係性そのものについては「正直、かなり興奮した」と語っている。 こうした関係性を、新しい形の共同体と呼ぶべきか――あるいは別の何かなのか。 少なくとも、一般的な恋愛観では測れないものであることは間違いない。 (サブ写真②:ネオンの下、4人が肩を並べて歩く自然体なスナップ) 「歌舞伎町のネオンの下、彼らはまるで映画の登場人物のようだった。」 【取材後記】 彼女は何も奪わず、何も強いていない。 ただそこに在るだけで、三人の男たちの引力となっている。 その光景は、歪な共依存か、あるいは究極の純愛か。 雨上がりの歌舞伎町で、彼女たちの背中は夜の闇に溶けていった。
この夜にいた。
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